いちばん、好き
落ち着いた椿と外へ出た。
穏やかな天候になりつつあって、外は昨日より暖かい。
手をつないで歩いていたら、椿は道にできている水たまりを覗き込んだり、生垣をちぎってみたりしていた。
進むたびに生垣をちぎっていたら、流石に悪いだろうと思い途中でやめさせる。
椿は少し頬を染めながら、手をきゅっと後ろでぐうの形に握った。
「わかっていると思うけど、俺は若葉と椿を比べたりしないし、身代りになんかしない」
小さな声の呟きを聞き、椿は時雨を見上げふわりとほほ笑む。
その微笑みに時雨は気持ちが安らぐのを感じた。
「椿、いつまでも俺は傍にいるから。椿も、嫌になるまで俺のそばにいてほしい」
そう伝えれば、椿は時雨の手のひらに嫌になんか、なれない、と躊躇いがちに指でなぞる。
その文字に時雨はそっと息を吐き出し、椿の手を強く握った。
途中で見つけた公園で何時間か過し、2人は帰宅した。
家の中に入れば外より少しだけ暖かい。
その暖かさにほっとしながら、時雨は椿に手を洗うように促した。
手を洗ってすぐに椿は紙とペンを持って時雨のそばに来る。
「どうした?」
と、尋ねれば紙の端っこに文字が書いてあるのが見える。
“描いてほしいの”
「何を?」
“しぐれさんの好きなものとか、いっぱい、知りたい”
「俺の…?」
椿の初めての要望に、時雨は笑みを浮かべた。
可愛いお願いに答えないわけにはいかず、時雨は椿を抱き上げリビングのソファーに腰をかける。
「椿、悪いけど…俺、絵が下手だからさ。文字でもいいか?」
こくんと頷いた椿に安心しながら、椿のためにもう1セット紙とペンを用意する。
それから、ペンを握った。
「まずはこれかな。…紅茶。椿も好きだよね」
“うん、好き。一緒”
「次はー、…書斎かな」
“どうして?”
「本に囲まれてると落ち着くからかな」
“僕も、好き”
「次は、結構甘いのも好きかな」
“チョコレートとか、キャンディーとか?”
「うん。実は書斎にも隠してたりして…」
“ほんと?”
と、沢山好きなもので溢れ返っていく紙を眺めて、椿は頬を染め控え目に笑った。
その様子を目の当たりにした時雨は、顔が熱くなるのを感じる。
一瞬だけ浮かんだ光景が、瞼に焼きついた。
今、変なこと想像した…
とっさに緩む口元を軽く隠し、瞼に焼き付いた映像を忘れるように咳ばらいして、次に好きなものはー…と声を上げた。
「あとは、…ああ、椿と過ごす時間が一番好きだよ」
“僕も、しぐれさんと一緒にいる時間が一番好き”
椿の顔が赤いのを見て、時雨は今度こそ本格的に口元を隠した。
これは、もう期待するしかないだろ…
とか、頭の中をぐるぐると渦巻いて、時雨はそっと椿の髪を撫でた。
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