不安なんて、ないんだよ

「この…俺の隣に立っている子。泉美若葉っていうんだけど…、俺の母親の違う弟」

“弟?”

「そう。若葉も…虐待というより、育児放棄を受けてて」

“僕と、おなじ?”

「そう、少し同じ」

そういうと、時雨は一息ついた。
椿は真剣に聞いているのか、瞬きもせずに目を開いている。
その様子に少し笑いながら、瞬き、と促したら、ぱちぱちと目を瞬かせた。


「ちょうど、椿と同い年くらいかな。椿のほうが小さくて軽いけど」

“同じ年? 僕と…”

「まあ…、生きてたらだけどね」

“亡くなったの?”

「うん。ちょうど、椿を拾う1ヶ月くらい前かな…」

“しぐれさん、ごめんなさい”

「謝ることはないよ。椿が安心できるなら、なんでもあげるし、話したりするから」

椿は時雨のその言葉に小さく頷いた。
そこに、椿を拾った理由があるから、時雨は話し続ける。
そう椿は解釈して頷いた。


「正直にいえば、初めは家に連れていく気なんてなかった。若葉が死んで、それが辛くて…その時は息をするのにも精一杯だったからね」

“それなのに、どうして?”

「…若葉に、少し似ていたんだよ。なんていうか、雰囲気がね」

“雰囲気…?”

「そう。一瞬、あの子が戻ってきたのかと思ったよ。で、すごく、置いて行くのが億劫になった。けれど、連れて行った後は少し後悔した。椿のためになるのか、とか、自分のことでさえしっかりできないのに、とか」

“今も…?”

「今は、そんなことないよ。むしろ、椿には居てもらわなければ困るかな。椿のおかげで立ち直れたのもあるし…それに…」

時雨は、それだけ呟くと優しく微笑んで椿の額へ口づけた。


「椿、心配するようなことは何一つないんだ。君はもう自由だし、それに、俺や秋雨だってロイだっているから」

“うん”

「不安になることなんてないんだ」

“うん、”

「もう、大丈夫だから」

ぽたぽたと、音を立てながら用紙に涙が零れた。
涙が流れていることに気付いていないのか、椿はひたすら頷く。
そんな様子に時雨はそっと椿を抱きしめた。
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