ただいま

椿を助手席に乗せ、自分は運転席に乗りすぐに車を走らせた。
会話をすることもなくただ車を走らせる。
椿の不安そうな表情は少し和らいで、体の震えもおさまった。
あの家から、大分離れたところに車を停める。
それからシートベルトを外し、椿を強く抱きしめた。

時雨は何も言わず、椿をただ抱きしめた。
いつも抱きしめられているだけの椿が、細く頼り無い腕をぎこちなく時雨の背中へ回した。
小さな手が、きゅっと時雨の服を掴む。
その仕草に驚きながらも、時雨は椿を抱きしめる力を緩めた。


「一応聞くけど…これでよかったか?」

こくん、と頷く椿に、時雨は安堵する。
もちろん、虐待していた彼等の元へ戻るとは思ってはいなかったが、不安になった。
安心し椿を離そうとしたが、椿がきゅっとしがみ付く。
それに驚きながら、時雨は外しかけた腕をすぐに椿へ巻きつけ、椿の柔らかい髪の毛に顔を埋めた。


「買い物はまた今度にしよう。椿も疲れただろうし、今日も家でゆっくりしてよ」

何分かして、時雨はそっと椿を離した。
椿も大人しく離れ、座席に腰を落ち着かせる。
時雨は椿の髪をそっと撫でてから、車を動かした。


家に帰ると仕事が終っていたのか、秋雨がいた。
秋雨はリビングでパソコンを弄っている。
その脇ではロイが紙袋の中身をごそごそと取り出していた。


「あれ、早かったな。お帰り。時雨、椿ちゃん」

秋雨がパソコンから目を外さずに、2人に声をかけてくる。
適当に答え、椿の背を軽く支えつつ、ソファーに座らせた。


「帰ってくるの早かったですね。出かけなかったんですか?」

「あぁ、椿の負担を増やしたくなかったから。まだ体が本調子じゃないだろうし」

ロイが紙袋を畳んで重ねていく。
椿はそれを見ながら時雨の袖をきゅっと掴んで離さない。
返事をしながら時雨も椿の隣に腰を下ろした。


「そうですか。丁度良かったです。椿君の服を買ってきたんですよ。ちなみに、時雨さんの会社のものです」

そういいながら、ロイは時雨に袋の中から出したものを渡した。
渡された服は、温かそうなセーターや細身のジーンズ。


「ありがとう」

時雨が言うと、椿も頭を下げた。
それから不安げに時雨を見上げる。


「貰って良いんだぞ。誰も怒らない」

ロイも笑みを浮かべ椿にいいよ、と伝える。
椿はもう一回頭を下げた。
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