信用する、信じるということ
「時雨、仕事の話やっぱ良いわ。お前、当分休んでろよ」
「ああ。そうさせてもらうつもりだったから。頼む」
「ま、2人でゆっくりとしてな」
突然話しかけてきた秋雨に返事をしながら、椿に微笑みかける。
椿もぎこちなく微笑みかけてくれた。
最近は、少しずつ笑えるようになった気がする。
「椿ちゃん、こっちきて一緒にテレビ見よ」
秋雨が笑みを浮かべながら椿を呼ぶ。
だが、椿は足を踏み出そうとせず、時雨の様子を伺っていた。
時雨はそんな椿に微笑む。
「大丈夫、一緒に行くよ」
時雨の一言に椿はほっとしたように歩き出した。
だいぶ夜も更けてきて、椿は眠たくなってきたのか、何度も目をこすっている。
それを見ていたらしいロイが時雨に声をかけた。
「もう12時ですよ」
その声に時計を見た時雨は、椿の手をとった。
「椿、お風呂一人で入れる?」
こくんと頷いたが、眠いのか頭がふらふらとしていた。
それを見て、笑いつつ時雨は、ロイに風呂に入れるように頼む。
「ロイ、風呂に入れてくれないか? 昨日風呂場で倒れたんだ」
「わかりました」
「悪い。なんかあったら呼んで」
はい、と返事をして椿の手を引いてくロイの背中を見つつ、時雨は秋雨の隣に座った。
秋雨は丁度放送していた動物番組を見ている。
何の気なしにリモコンを取り、チャンネルをカチカチと変えてみた。
そんな時雨を見ながら、秋雨は煙草を取り出す。
「煙草、値上がりしたよな。禁煙はしないけど。…ここで吸うな、椿の体に悪い」
「ケチ。…そう言えば、ロイが嘆いてたわ。煙草くらい俺が買うのにな。禁煙か」
「ロイも吸うのか? …意外だな」
「ああ。ヘビースモーカーだぜ」
値上がりの話で盛り上がる。
大人しいロイが煙草を吸うのか、とソファーに頭を預けた。
煙草を片付けた秋雨は急に声のトーンを急に落とした。
「明日、椿ちゃん家に行くのか?」
「…聞いてたんだな」
「そりゃな。子ども嫌いな時雨が見ず知らずの子どもを甲斐甲斐しく世話してるなんて驚きだしな」
「…俺が世話したくてするんだ。お前に何を言われようが俺は…」
「別に、悪いとは言ってねぇぜ」
「…なんだよ」
時雨が低い声で唸れば秋雨はけらけらと笑った。
でもその瞳は笑っていない。
「悪いとは言ってねえけど、お前になんのメリットがある? そもそも、椿ちゃん、信用できるのか?」
「メリット? メリットなんざない。だけど、あの子を助けられるのは俺しかいない。そう思っただけで、俺はあの子を信じるだけだ」
「へぇ…。会って2日もたっていない椿ちゃんに入れ込んでるんだな」
「入れ込んでいる…か」
「お前…まさか重ねているんじゃないか?」
「会った時こそ重ねはしたかも知れないが、あの子はあの子。ちゃんと、分かっている」
「そうか。それほど、意志が固いなら大丈夫そうだな」
秋雨は今度は心から笑ったようだ。
ニヤリと若干意地悪げな笑みを見せ、時雨からリモコンを奪う。
「分かってるだろうが、飽きたから捨てる、とかそういうことするなよ。椿ちゃんはペットじゃないんだからな」
「…俺がそういった下劣な行為をするとでも思ったか?」
「分かってるって、ほら、そろそろあがるんじゃないか?」
「…」
秋雨はチャンネルを先程の動物番組に戻し、時雨にしっしっと手で追い払う仕草をする。
その手を叩き落しながら、ロイのあがりましたよーという声を聞いた。
その声に、時雨は椿の元へ向かう。
秋雨の笑い声が聞こえてきた。
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