木に春が寄り添う
一緒に居るうちに椿の感情は、唇で判断できることに気がついた。
嬉しい時はゆるく笑うような形に。
悲しいときは、きゅっと唇を噛みしめる。
椿の淡い綺麗な唇を見ているうちに、コミュニケーションが取れるようになった。
表情はあまり変わらないが、小さく口角を上げるようにもなった。
まだ遠慮してるのか、椿は時折不安げな表情を見せる。
いつ捨てられるんじゃないかと、まるで捨てられたことのある子犬のようだ。
そんな時は時雨は椿の頭をそっと撫でて抱き上げた。
「椿、ここで一緒に過ごすのは嫌?」
と、悲しい声をだして、椿に問いかけてみる。
若干不安になって聞いてみたが、その不安は必要なかったようだ。
椿は必死に頭を振って“嫌じゃない”と伝えてくれる。
「ならいい。今日はゆっくりしてようね」
そう囁いて、椿をカーペットに下ろす。
時雨がカーペットに座るのを見て、椿も時雨の隣に座った。
誉めるように頭をなでると、椿は嬉しそうに唇を緩める。
「…やらなきゃいけないことは明日済まそう」
椿にそう言って微笑みかけると、こくりと頷いた。
それから2人はホットカーペットの上で寛いだりいた。
テーブルの上に紙とペンを置いておく。
椿が書きたくなったらかけるように、そうした。
簡単に答えられるような質問をして、2人でゆったりとした時間を過ごす。
「あ…、つばきって漢字、どんな漢字かわかる?」
漢字がわからないのか、一瞬困ったような表情をする。
それから、はっとした表情をして、テレビを指差した。
指さされた文字は、赤と、花の文字。
そんな様子を愛らしく思いながら、ちょいちょいっと手招きする。
戻ってきた椿に、テーブルから紙をおろし、床で“椿”と書いてみせた。
「木に春が寄り添った漢字。綺麗な花が咲く。たぶん、これだろうね」
時雨の書いた文字を見て、椿は目を輝かせた。
嬉しそうな様子を見て、時雨は微笑んだ。
「今頃、咲いているんじゃないかな…。今度見に行く?」
そう問いかけると、椿はこくこくと首を大きく振った。
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