月の綺麗な夜
いつもより、月が綺麗だ…
月見椿はコンビニの脇で空を見上げていた。
視力が落ちているため月はぼやぼやとしている。
けれど、そのぼやけた月をとても綺麗だと椿は思った。
吐く息も白くなり、今にも雪が降りそうな天候。
親戚の家を飛び出してきて、今日で4日目が過ぎる。
先立つ物も持たず飛び出してきた為に、3日間は公園のトイレで夜を明かした。
流石にもうトイレで夜を明かすのは嫌だ。
そのうえ、お腹がすいて仕方がない。
どうしようか迷った挙句、椿はこうしてコンビニの脇で立っていた。
「っと、」
「!」
ドン、と体に衝撃が走った。
小さい体が倒れそうになり、きゅっと目をつむる。
痛みに耐えようと体に力を入れていたら、いつまでたっても、痛みが襲ってこない。
そっと目を開くと、地面とは程遠いところで止まっていた。
「悪い、大丈夫か?」
低い、男の声が聞こえ、ゆっくり椿は後ろを振り返る。
後ろで椿を支えてくれたのは、椿が見たことのないくらい綺麗な人だった。
一瞬で心が奪われるように、男を見つめてしまう。
月の光を背に、綺麗な男は、椿の心に入り込んで来た。
「おい、」
話し掛けられた事に気付いた椿は、謝っていないことに気付いてすぐに頭を下げた。
それからもう一度男へ視線を向ける。
男は少し困ったような表情をしていた。
「ありがとう」
と、自分の掌を相手に向けて、急いで書いてみせる。
「ありがとう?」
椿がこくんと頷くと、男は微笑みかけてくれた。
けれど、その頬笑みは一瞬で、視線は無遠慮なものに変わる。
鋭い瞳に見つめられ、椿は体が竦めた。
「…小学生? 小学生はこんな時間に外を出歩いたら駄目じゃないか?」
怖い顔をした男は、低い声で椿に囁いた。
男の咎めるような言葉に、椿は体を更に小さくする。
小さくなった椿に、男は思わずと言ったように笑い声を零した。
「怒ってるわけじゃない。怯えなくていいよ」
その言葉に少し警戒しながらも、椿は男を見上げた。
男はさっきとは打って変わって優しい顔をしている。
暗がりでは見えないが、とても優しい雰囲気を持っている人だ。
椿はその男が月を背に立っているのを少しの間、ぼんやりと眺める。
そんな椿に男は困ったように笑った。
「…家に来なさい。一晩くらいは家によせてあげる」
男は椿の汚れた頬にそっと手を寄せた。
それから長く綺麗な指先で優しく撫でる。
椿はその手の暖かさに心が跳ねるのを感じた。
男は頬に寄せた手を下ろし、椿にその手を差し出した。
その大きな手がちょいちょい、と手招きする。
びゅぅっと冷たい風が吹いた。
その風に促されるように、椿は小さく震える手で男の手をとる。
その手から、大きくて優しいぬくもりを感じた。
月の綺麗な夜 end
[prev] [next]
戻る