淡い電光

何分か手を繋いだまま歩いたところで、男の家についた。
高そうなマンションの最上階。
伯母夫婦もいい家に住んでいたが、このマンションとでは比べ物にならないのだろう。
椿はそんな風に考えながら、そのマンションの外観を思い出す。
1階のフロアにはカフェと本屋があった。
エレベーターには初めて乗ったけれど、とても綺麗だった。
今は、男の部屋だろう扉の前で、男がカギを開けるのを待っている。


「何突っ立ってるの、…早く入りなさい」

男に促されて玄関に入れば、淡い電光が出迎えてくれた。
廊下を進み部屋の中に入れば、白い柔らかな家具で統一されている。
きょろきょろとあたりを見渡していたら、男にソファーに座るように促された。
それから椿の小さな手に、紙とペンを渡す。
不安そうな表情で男を見ると、微かに笑って書いて良いよ、と椿の頬を撫でた。


「名前は?」

“つくみつばき”

「ああ、きっと月見と書くんだろうね」

綺麗な名前だ、と呟く。
静かに椿が男を見るのを確認して、男はその後、椿の事を聞いてきた。


椿の年齢を聞いた時、男は絶句した。
その様子に椿は少し驚いて、首をかしげる。
コンビニで男に小学生、と言われたのを思い出したのか、椿ははっとしたような表情をした。


「どうして家出したの? …家出してから結構たってるようだね」

最後の質問はそれだった。
一番聞かれたくない事で、椿は少しだけ答えるのをためらってしまう。
男はそれを察したのか、椿が伝えてくるのを待ってくれる。
そんな男の様子に、椿は唇をかんだ。
少しの時間がたってから、椿は躊躇いながら、小さな手で文字を綴り始める。


“家族いないの”

「家族がいない?」

“ママもパパも居なくなった”

「今までどうやって過ごしてきたの?」

“おばさん達のとこで”

段々暗くなってきた椿の顔に、男は黙って椿の頭を撫でた。
大きな手は優しく椿の心を安心させてくれる。
ほっと息をつきながら、続きを書いた。


“ママと、パパがいないところに、いたくなかったの”

「そうか…。ありがとう。教えてくれて」

男の優しい声に、椿はこくりと頷いた。
それからそっと男を覗き込む。
書いていいよ、もう一度、男に言われて、椿はゆっくりと書き始めた。


“あなたの名前は?”

「俺の名前…? あ、そういえば、教えてなかったね。…一時雨だよ」

“にのまえしぐれさん?”

「ああ、そうだよ」

そう言って、時雨は椿にお風呂に入ろうか、と声をかけた。
時雨の後を歩き、風呂場まで行く。
時雨は、シャワーの使い方などを説明して、服を脱ぐように言った。
すぐに服を脱いだ椿を風呂場に入れて、扉を閉める。
椿のもともと着てた服は洗濯機に入れた。
風呂からあがったら着る服は、カゴに入れる。

やることが終わった時雨は、風呂場に椿を残して、リビングのソファーに体を預けた。


「何してるんだか、あんな小さい子ども拾ってくるなんて…」

そう呟きながら、何気なく先程筆談していた紙を手に取る。
紙に散らばった文字はひとつひとつが整っていて綺麗なものだ。
怯えたようにペンを握る様子を思い出して、小さく苦笑した。


がたんっ
ほっと息をつこうとしたところに、風呂場から大きな物音が聞こえた。
急いで時雨は風呂場へ駆ける。
風呂の扉をあけると、浴槽に手をかけて椿が倒れていた。


「おいっ、」

カゴに入っていたタオルで椿を包み、軽く頬を叩く。
気を失っているのか椿はピクリともしない。
体がものすごく熱くなっている。

時雨は椿を抱き上げて自身のベッドまで運ぶ。
体温を下げようと、冷やしたタオルを額に置いた。
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