君の隣に-紘視点-
「…っ」
それは本当に綺麗な笑みで目が逸らせなかった。
「やだ? …僕は知りたいんだけどな」
眼鏡越しに俺を見てくる穏やかな笑みと柔らかい空気。
そこで漸く気付く。
僕に甘いココアを寄越した男の容貌が、酷く整っている事に。
「…ヒロ」
勢いに押され一言だけ零したそれを、男はしっかり聞き取ったようだった。
「ヒロ、か。僕はねオミ。覚えておいて」
相変わらず笑みを浮かべたまま、男…オミは手を伸ばし僕の首に何かを巻き付けた。
こんなの必要ないとか要らないだとかそう言う前に、首筋がすっきりしたオミが立ち上がった。
「またね。遅くならないうちに帰るんだよ?」
黙ったままの俺へ、子供に言い聞かせるような口調で告げオミは去っていった。
それがオミと交わした最初の会話。
温かく甘い飲み物と、柔らかいマフラー。
冷たい空気の中でそれらだけは確かに暖かかった。
そんなオミと再会したのは意外なことに学校だった。
長身で大人びた彼が、同じ高校生だなんて思ってもいなかった。
吃驚した俺を見て笑った表情はあの時と同じだったけど。
…昼休み。
教室の賑やかさから避けるように来た裏庭。
陽当たりの良い場所に脚を投げ出すようにして座っていたらそこにオミは現れた。
手に膨れたコンビニ袋を持って。
「ヒロ君見っけ」
楽しそうな声は俺より低いのに、よく響いたのを覚えてる。
それからは毎日オミは現れた。いつも沢山の食糧を持って。
いつも楽しそうに弾む声は強引さを含む事が多々ある。
何だかんだと理由を付けて、オミは必ず最低一つは俺に何かを食べさせた。
それは甘いパンだったり、鉄火巻きだったり種類は様々だったけど。
そして食べ終える俺を見てほっとしたような眼をする。
あまりにも自然に俺の生活圏に入ってきたオミだけど、俺はオミの事を何も知らない。
制服に付いてる学年章から、先輩だという事だけは知れたけど。
なのに彼は俺について知りたいといい沢山聞いてくる。
…好きな人の有無を聞かれた事も、あった。
真昼が好き。
ずっと隣にいて特別になりたかった。
だから、そのまま答えた。
「真昼が好き。今は居ないけどずっと好きでいたい」
そうしたらオミは、大きな手で俺の髪頭を数回撫でた。
ちょっと寂しそうに、でもやっぱり小さく笑って呟いた。
「…そっか」
それからも変わらずオミは昼休みになると俺が居る場所へ現れた。
天気都合で裏庭に行かない日も、空き教室に居たら知らせてないのに来た。
オミと会うのは嫌じゃなかった。
でも、オミが何で俺に構うのかは解らなかった。
眼鏡と前髪で分かり難いけどオミは綺麗な顔してる。
真昼が居なくなってからあんまり食べなかった俺に、必ず何かを食べさせたりするような面倒見の良さ。
初対面の時だって冷えた奴にマフラーを貸すような優しさも持ってる。
一度、三年の教室前を通ったらオミは数多くの友達に囲まれていた。
彼等はノートや教科書を手にしていて、真ん中のオミは何かを説明していた。
…頭が良いとしか思えない光景。
毎日会って話しているのにオミが遠く感じた。
「…遠いな」
何となく思ったままを口にすると、本当に遠い人のように感じた。
放課後の屋上はやっぱり季節柄か人気がない。
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