君の隣に-紘視点-

バンドのメンバーと喧嘩して気付けば何時もの練習場を飛び出していた。
きっかけは些細なこと。
何時もなら笑って流せる位の他愛のないこと。
それなのに流せなかったのは多分自分に余裕が無いからだ。

あの校外学習の日からずっと、俺はそれまでの自分が解らなくなっていた。
あの日一緒の部屋で休んだ筈の真昼がいつの間にか消えていて。
朝になっても現れずに今に至る。
控え目な笑い方をし、何時も謙虚で守りたかった友人。
小柄で華奢な彼はフッと消えるように居なくなってしまった。
俺達に何も残さずに。

好きだった、ずっと。
出来れば友人以上として隣に居たかった。
でも嫌われたくなくてずっと…友人の位置にいた。
…こんな事なら、想いを告げておけば良かったと何度も繰り返し感じたことをまた思ってしまう。
…堂々巡りで出口がなく苦しくて俺は学ラン越しに胸元を押さえた。

家では1人になれないから、俺は制服のまま適当に辺りを彷徨い公園の高台まで来ていた。
季節柄か時間的な要因か、思ったより人気も無く俺は大きな息を吐いてベンチへ座った。
…あれからカラオケも行かなくなった。好きだった筈の歌も色褪せたように感じてしまっていた。
少し冷たい風が吹いた。日の暮れ始めた高台だに居るのだから無理もない。
…でも不思議と寒さは何も感じなかった。
…何処か薄い膜を一枚通して見ているように、風景がぼんやりと見えている。

どれ位そうしていたのだろうか。聞き慣れない声が不意に耳へ届いた。
声のした方を見るとコート姿の男が1人、割と近い位置に立っていた。
男の気配には一切気付けなかったらしい。
…俺よりも背が高そうで、眼鏡を掛けている。
その男は、持っていた物を俺に押し付けると少し距離を置いた隣へ座った。
じわりと伝わる熱に目線を落とすと、暖かな缶にハンカチを巻いた物が手の中に納まっていた。
何だこれ。どうして見知らぬ男に温かい缶を渡されているのだろう。


「…あの…」

「君が貰ってくれないなら捨てなきゃならない。勿体ないだろう?」

男はそう言って鮮やかに笑った。
半ば強引に押し付けられた缶のプルタブを、これまた半分は強制されるままに開けると、甘い香りがフワリと立ち上る。
口を付け、自分の身体が思っていたより冷えていた事に気付いた。
甘い飲料はただ甘いだけでなく体内から暖めてくれているようで。
それが何故だか新鮮に感じて、暫く黙って飲んでいると隣の男が口を開いた。


「名前を聞いても良い?」

それは酷く唐突な問いだった。


「やだ」

あれこれ考える前に口から出た答えは拒否だった。
それは、あれ程解らなくなっていた素の自分の反応だった。
尤も、そう気付いたのは大分後のことだけれど。
拒否した俺を見た男は、恐らく不機嫌だろう。
チラリと目線を上げ隣を見ると、男は満面の笑みを浮かべていた。
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