君の隣に-靖臣視点-

久し振りに彼を見た。
何処かぼんやりした表情で公園の高台に佇んでいる。
寒い季節なのにコートもマフラーもしていない。
心配になり僕は近くの自販機で甘いココアを買い彼に声を掛けた。


「甘いの平気? 間違って買ったんだけど貰ってくれる?」

ぼんやりとした眼差しが僕を捉え目線を手元の缶に移った。
まだ直に触ると熱い缶にハンカチを巻き付けてから手渡し、僕は彼の隣へ腰掛けた。
夕刻を過ぎた公園は次第に暗くなり始めている。


「…あの…」

目線を移すと困惑したような彼の眼差し。


「君が貰ってくれないなら捨てなきゃならない。勿体ないだろう?」

笑ってそう言うと、ぼんやりしていた彼の顔が困ったようなそれになる。
微かに頷いた彼を見てから僕は自分の買った缶を見る。


「ひゃっ!?」

先程よりは冷めたそれは人肌より少し暖かい程度。
火傷はしない筈。
彼の首にそれを当てるとは肩を大きく揺らして驚いき、此方を見た。


「何するんですか!?」

「冷めちゃうからさ。飲もうよ」

「…強引ですね」

暫く僕を見ていた彼は小さく息を吐いてプルタブを起こした。


公園で見掛けた日から一週間が経過した。
あの日、彼に名前を聞いたら「ヒロ」としか教えてくれなかった。
警戒されているのかも知れない。
まあ当然か。
僕は彼、ヒロ君を見知っているけれど彼はそうじゃない。
でもそれが悔しくて僕も「オミ」としか教えなかった。

あの日、彼が着ていたのは僕と同じ制服だった。
最も僕はコートを着ていたからヒロ君は解らないだろうけど。
学校の友達からヒロ君の卒業アルバムを入手してそこから色々調べた。
卑怯かも知れないけど僕は彼が知りたくて我慢出来なかった。
さり気なさを装って校内でヒロ君を探す。
そうすると彼をあちこちで見ることが出来た。
朝の昇降口。
中庭でのサボリ。
渡り廊下で慌てて走る彼とすれ違ったこともある。
そうして見ていて気が付いた。
…いつも一緒にいた小柄な友人の不在と笑わないヒロ君。
いつもぼんやりとしている。
あの小柄で歌の上手な友人は現在行方不明らしい。
その噂は知ろうと思えば調べずとも耳に入ってきた。
学校行事中に行方不明になった生徒の話として有名でさえあった。
そんな彼の一番近い位置にいたヒロ君は、その件以来ずっと塞ぎこんでいるのだと。
噂好きの下級生は知らせてくれた

食事も碌に取らない様子のヒロ君を放っておける筈なんてなくて、僕は昼食の度に彼を探し歩いた。
最初に声を掛けた時彼は同じ制服の僕を見て少しだけ目を見開いていて、それが嬉しかった。
ぼんやりした表情を少しでも崩せた事は、僕の自信に繋がった。


「また来たんですか」

昼休みの裏庭。
最初の頃に比べて幾分表情が出るようになってきたヒロ君が、足音に気付いたのか僕を見た。
決して小柄ではない体躯は、バイト先で見た時より痩せてしまっている。
僕は眼鏡の縁を弄りながら紙袋を無造作にヒロ君へ投げた。
唐突な動作に驚きながらも、反射的に受け取った彼は、紙袋から僕へ目線を流してくる。


「一緒に食べようと思って。…駅前のパン屋のカレーパン」

笑みを浮かべたまま近寄り、1人分程空けた隣へ座り込む。
裏庭は殺風景だけど芝生もあり、陽当たりも悪くない。
紙袋の中にはパンパンに中身が詰まっていて、とても1人2人で食べられる量じゃない。


「またこんなに買って。おみ先輩は適量を知るべきです」

少しだけ寄せられる眉に口元が綻ぶ。
ヒロ君は僕がする言い訳を信じてくれている。
向けられる感情が何であれ、自分だけになら嬉しいものだ。
『買い過ぎたから手伝って』そう最初にした言い訳を彼は信じてくれている。
わざと日持ちしない食料を手に声を掛けてるなんて思いもしないのだろう。
袋の中から甘いカスタードクリームのパンを出して押し付ける。


「甘いのはヒロ君の担当」

そうすれば、彼は困った顔をしながらも受け取り食べてくれる。
少しずつでいい。
ヒロ君が食べてくれるなら…少しでも表情を崩し一瞬でも僕を見てくれるなら…僕は馬鹿な先輩にもなる。
二人並んで食べる昼食が当たり前になり始めた時にそれは起こった。
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