わがまま
「お電話変わりました。六十里むくの保護者のものですが…、あの、」
汰絽の少しだけ震えた声に、電話口がくすりと笑い声を洩らした。
どこか嬉しそうな音に、汰絽はきゅっと唇を閉める。
『むく君のお兄さんね。お家のこと、アンリさんから聞いているわ。ああ、えっと、私、朝城結之の母です』
「え、あの…?」
嬉しそうな声が、祖母の名前を出す。
駆け足のような話しの速さに、汰絽は困惑の声を漏らした。
祖母の知り合いで、若い人ははじめてだ。
『電話じゃあれだから、アンリさんのことは後日話すわ。えっと、結之のお泊りの話だけど』
「は、はい。その、うち、大人がいないので、心配だと思うのですが、その、…」
『ええ、』
「むくの、初めてのわがままなので、かなえてあげたくて…」
『そう。良いお兄さんね。あなたしっかりしてるって聞いてるから、安心して預けられるわ。お泊りセット、先生に預けてあるから、それ持ってってくれる?』
「あ、ありがとうございます!! わかりました…!」
『明日の夕方頃に迎えに行くわ。よろしくね、汰絽君』
「はい、ありがとうございます!」
あっという間に結之のお泊りの話は終わり、電話が切られた。
忙しいのだろう、結之の両親は結構大きな会社で働いているらしい。
呆気にとられながらも、先生に子機を返した。
「お泊りオッケーだそうです。ありがとうございました…」
「いいえ。お泊りセット持ってきたから。…これね」
「あ。ありがとうございます。じゃあ…」
「うん。何かあったら電話してね。…さようなら」
「はい、ありがとうございます。さようなら」
先生の優しいあいさつに汰絽も笑って返事をした。
結之お泊りセットの入った鞄を持ち、門へ向かう。
結構時間がたったようで、空はもう、薄暗くなっていた。
外には好野や風太達が待っていることを思い出して、汰絽は足を速める。
「あ、あの…、遅くなってすみません」
走って門に行くと、好野と杏は話し中だった。
むくと結之は、とあたりを見渡すと、風太が笑う。
「お前が探してるの、こいつら?」
「あ、むく、ゆうちゃん」
風太の腕を見ると、むくと結之は楽しそうに笑っていた。
抱っこされたむくは、いつもよりはしゃいでるようだ。
そんな様子に、汰絽は思わず笑みを零した。
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