お願い
「むく君ですね。むく君、お迎えですよ」
幼稚園の先生がむくを呼ぶ声で、汰絽は寂しい気持ちがこみ上げてくるのを感じた。
いつも、むくは汰絽を玄関で待ってくれている。
けれど、今日は教室で待っているようだ。
少しだけ、そんな些細なことが寂しくなってしまった。
まるで、むくがどこかに行ってしまうような気持ちになる。
「たあちゃんっ」
先生に呼ばれてやってきたむくの隣には、むくより背の高い子がいた。
少し恥ずかしそうにむくの手を握っている。
汰絽は、そんな愛らしいふたりに思わず笑みを浮かべた。
「ゆうちゃんだね」
「うん、たろちゃん、」
「ふふ、むくと仲良くしてくれてありがとう」
そっとむく達と同じくらいまで背丈を下げる。
むくの友達は汰絽にはにかんで、笑った。
「あのね、あした、おやすみでしょ? ゆうちゃん、おとまりしたいの、いっしょに」
「え? その、むく、ゆうちゃんのママ達はいいって言ったの?」
「んーん。でも、ゆうちゃんのままとぱぱおしごとで、おうちにかえれなくって、えっと、えっと…」
「むく、先生にお話聞いてくるから、よし君のとこ行ってて。ほら、あそこね」
むくに好野達を指差してみる。
こくりと頷いたむくは、鞄を持って結之と手を繋ぎながら好野のもとへ駆けて行った。
ふたりが駆けて行くのを確認してから、汰絽は先生を呼ぶ。
「あの、ゆうちゃん、家にお泊りしたいって言ってるんですが…」
「ゆうちゃんが? 今日、お仕事で帰宅できなくて、お泊り保育だったんだけどな…」
「あの、家でよければ、預かれたらなって思ってるんですが…。連絡取れますか?」
「うん、今の時間帯なら大丈夫だよ。電話してあげるね」
「はい、ありがとうございます」
小さく頭を下げて先生を見る。
いつも優しくて、爽やかな笑顔が似合う人。
汰絽のあこがれの先生だ。
先生が電話をかけるのを見て、汰絽は門のほうへ視線を向けた。
「はい、今代わりますね。…汰絽君、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
むくのほうを見たかったが、先生から電話を受け取った。
電話を耳に当てると、話し声が聞こえる。
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