体育祭-6-

待ちに待った最終レース。
風太と杏は汰絽の姿を眺めた。
あたりが騒がしい中、当の本人はじっと他の生徒を見つめている。
自分の番が来ても緊張していないのか、うんっと背伸びをした。


「いよいよ汰絽の番ですねっ」

後ろから声をかけられ、杏と風太は振り返った。
そこには好野が居て、挨拶を交わす。


「よし君、遅いよぉ」

「すいません。ちょっと呼ばれてて」

「呼ばれて?」

「あ、始まりますよ!」

好野が指さした方を向くと、蜂蜜色の髪が風邪にふわりと揺れるのが目に入る。
スタートラインに並ぶように声をかけられたのか、汰絽は6コース目に入った。
そこは、風太や杏に一番近い場所だ。
ピストルの音が聞こえてきて、風太たちは汰絽の走る姿に目を奪われた。


「たろー!! 頑張れぇーっ」

好野の応援にちらりと振り返った汰絽は嬉しそうに笑っていた。


「汰絽ちゃん、足早いんだねぇ」

「周りが遅いんじゃないか?」

「春野先輩に比べれば、遅いと思いますよ。…汰絽、結構足早いんです。焦った時とか、勝負事の時とか」

好野がそういうと、汰絽は一番最初に衣装室のカーテンを開いた。
ばっと中に入ると、うわっと声が聞こえてくる。
好野と杏は顔を見合わせてから、風太を見た。
風太の顔は、どこか不機嫌そうだ。


「なんだろうね、衣装」

「…あまり派手すぎるのじゃなければいいんだけど」

好野のつぶやきに、風太はため息をつく。
まだ開かない衣装室のカーテンを眺め、期待と複雑な気持ちを抱えた。


一番最初に出てきたのは風太達から一番遠いボックスの生徒だった。
汰絽は何を手間取っているのか、出てくる気配がない。
ちなみに、一番最初に出てきたのは、大柄なミニチャイナだった。


「なんと大柄なミニチャイナ! 鍛え上げられた太ももが艶めかしい!」

楽しいアナウンスが入り、会場にはまた大きな笑いが沸き起こる。
衣装ボックスを出て、10メートルほどのところにある机に行くミニチャイナは、箱の中の紙を引き、机に項垂れた。
その様子にまた笑いが沸き上がっているうちに、汰絽の入っていた衣装室のカーテンが開いた。


「マジか…」

「うわ…」

「うわああああああ」

衣装室から出てきた汰絽に、会場が先ほどとは違う異様な興奮に包まれた。
大きな歓声に、身を乗り出す生徒まで現れる。
先に出て来ていたミニチャイナも、汰絽の姿に立ち尽くしていた。


「なんと…、これは…」

アナウンスの生徒も息を呑み、声が出せないようだ。
風太とふたりもぽかんと口を開け、汰絽を見ている。


「なんと…、セーラー、服に…」

たどたどしい実況に会場までざわついている。
一番最初に我に戻った風太は、机に向かっている汰絽に大きくため息をついた。


「なんで、猫耳なんだ」



「猫耳キターッ!!」

どこからか大きな叫び声が上がり、わあっともう一度大きな歓声が上がった。

出てきた汰絽は、セーラー服に猫耳を見につけていた。
もともと少し髪が長い汰絽は、見事にセーラー服を着こなしている。
スカートを気にせず走る汰絽はどこか男らしい。
しかし、セーラー服に包まれたまだ成長しきっていない肢体が、やけに魅力的に見えた。

机についた汰絽が紙を引く。
実は、この箱の中の紙にはあたりがあるようだ。
その内容は、よくある好きな人や、あこがれの先輩、など。
もっとも、今のところは眼鏡関連のものしか出ていない。


「さ、さて、期待の星の彼は何を引いたのでしょうか!」

放送部のアナウンスをしている生徒は落ち着いたのか、実況を再開させた。
紙を引いた汰絽は一瞬立ち止まり、あたりを見渡す。
今現在は3位。
着替えている間にふたりに越されてしまった。


「汰絽ちゃん、何引いたのかな」

「一瞬止まったから、何か考えるようなやつでしょうか」

「あー、そうだね。結構難しそうだからね」

杏と好野が話しているのを聞きながら、風太は汰絽を眺めている。
セーラー服を着ている汰絽は、こちを向くと全力でこっちへ走ってきた。


「え、」

「おっ?」

呆けた声をあげたふたりと同じように、風太もお、と思わず声を漏らした。


「風太さんっ」

大きな声で叫んだ汰絽に、風太は反射的に立ち上がり、コース作りのために張られたロープを飛び越えた。
それから伸ばされた手を掴み、汰絽とともに走り出す。
汰絽の息遣いを聞きながら、隣を見ると、頬を赤らめた汰絽がいた。

手をつないだまま、審査員の前に行き、汰絽はその紙を手渡した。
つないだ手はまだ離さずに、きゅっと少し力が入ってきて風太は小さな汰絽に視線を落とす。
蜂蜜色の髪についた真黒の猫の耳は、非日常的でドキリとさせた。

審査員は風太をちらりと見てから、放送席に向かって腕で大きく丸を作った。


「なんと…、1位っ。どんでん返しで期待の星の彼が! 1位を取りました」

1位と、大きな声で放送され、汰絽が空いている方の手でガッツポーズをした。
手をつないだまま、風太は首を傾げつつも、嬉しそうな汰絽に微笑まずにはいられない。


「ところで、彼の引いた紙には何と書かれていたのでしょうか。…今、紙が届きました。これはあたりですね。…なんと、これは、あこがれの人っ、あこがれの人ですっ」

わっとまた歓声や悲鳴が聞こえてきて、汰絽が小さな声で笑った。
その顔が、きらきと輝いて見えて、風太は息を呑んだ。
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