体育祭-3-
結果は、風太と杏のところが1位を取った。
好野と汰絽の軍は3位。
それでも好野や他の先輩たちは嬉しかったのか、大きな歓声があがる。
戻ってきた好野は嬉しそうに汰絽をぎゅっと抱きしめた。
「はーっ、楽しかった」
「よかったね。頑張ってたもんねー」
「おう。ちょ、なでなですんな」
「ふふ、おめでとー」
少しばかりじゃれあってから、ふたりはグランドに設置された椅子へ戻る。
スポーツドリンクを飲む好野にタオルを渡してからお昼どうすると尋ねた。
「屋上で風太さんと約束してるんだけど、よし君も行くよね」
「行く。杏先輩にDVD貸してもらうんだ」
「こころちゃん?」
「おう、行くか」
こくりと頷いた汰絽に好野は笑ってから椅子を離れる。
歩いているとアナウンスがかかって、お昼休憩の時間を告げた。
「あいつら遅いな」
「そうだねぇ。でもすぐ来ると思うよー?」
「ああ」
屋上の唯一の日陰の下で、煙草を吹かす杏を一瞥する。
禁煙を始めた風太にとっては腹立たしい。
白く塗られた壁に背中を預けながら、風太は空を見上げた。
綺麗な青空だ。
「再来週、抜けることにした」
「…そっか。じゃあ、俺もちょうどいい頃合いだから、一緒に抜けるね」
「ああ」
「寂しくなるねぇ」
「…静かになるだろうな」
風太はそう言いながら、杏を見た。
杏の表情はいつものへらへらしたものではなく、寂しそうなもので風太は視線を逸らす。
この幼馴染も、だいぶ寂しがり屋だ。
杏の肩に拳を入れてから、風太は屋上に来るときに買った飲み物を煽った。
屋上に出ると、さんさんと降り注ぐ太陽光のまぶしさをグランド以上に感じる。
コンクリートからの熱を感じて、汰絽と好野はわ、と声をあげた。
日陰になっているところから風太と杏の声が聞こえてきて、ふたりはそっちに向かう。
ひょこっと顔をだして覗くと、壁に背を預けているふたりが目に入った。
「風太さん、あん先輩こんにちは」
「こんにちはー、汰絽ちゃん。今日も可愛いねぇ」
「うれしくないですけど、ありがとうございますー」
ちょっとむすうっとした汰絽に杏が笑う。
それから風太の前にちょこんと座って、風太をじっと見つめた。
「ん?」
「100メートル走」
「ああ、見てたのか」
「見てましたー。もう、出るなら出るって教えてくれればよかったのに」
日陰の下、汰絽の頬に汗が伝わるのが良く見えた。
杏と好野の話し声も、グランドから聞こえて来ていたざわざわとする音も、しん、と静かになって、甘えるような汰絽の声だけが聞こえてくるような感覚になる。
暑さから火照っている頬の色も、飲み物を飲んだ後なのか少し濡れている唇も、鮮やかに見えた。
ただ可愛いだけの汰絽が見せる、艶やかさ。
ああ、好きだ。
そんな風に、痛いくらいに確認させられる。
「風太さん?」
汰絽に名前を呼ばれ、風太ははっとした。
コンクリートの上にタオルを敷いて座った汰絽は、風太が持ってきてくれたふたり分のお弁当を開いている。
とりわけ用に持ってきた紙の小皿を風太の前に出して、汰絽は首を傾げた。
「あー…、100メートル走な。突然変わってくれって頼まれたんだよ」
「そうなんですか。なら仕方ないですね。…風太さんかっこ良かったです」
「ありがと」
「綱引きもかっこよかったです」
「ちゃんと応援してくれてたもんな」
嬉しそうに笑った汰絽の頭を撫でてから、風太は箸を手に取った。
好野と杏はもう弁当を食べ始めていて、ふたりもお弁当を食べ始める。
小学校の運動会の時のようなお弁当に、風太は小さく笑う。
「こういうの、小学校の運動会の時にやるんだろうな」
「え?」
「いや、俺こうやってでっけー弁当箱に人数分入れて、それを取り分けて食べたことなかったから、新鮮」
「…喜んでいただけて光栄です」
汰絽が少し寂しそうに笑ったのを見て、風太はまた汰絽の頭を撫でた。
サンキュ、と言ってから、風太は卵焼きを食べる。
美味いよ、と笑うと、今度は嬉しそうに笑った。
おにぎりを手に取ると、それはかわいらしいサイズで、風太には少し小さい。
「かわいいサイズだな」
「え?」
「おにぎりもアメリカンドッグも、汰絽みたいに小さい」
「小さくないですよう」
「はは、可愛い可愛い」
「意地悪だー」
ふたりでじゃれるように話していると、隣から視線を感じた。
視線の方をむくと、好野と杏がじっと見つめてくる。
びくりとして、なんでしょうか、と問いかけると杏がにこっと笑った。
「いいえー。何でもないよぉ」
杏の答えに、こてんと首を傾げた汰絽は、風太を見た。
風太はなにも違和感を感じていないのか、もくもくとお弁当を食べていた。
[prev] [next]
戻る