体育祭
前日の夜から準備を始め、いよいよ体育祭当日。
むくをいつも通り幼稚園に送ってから、ふたりはゆっくりと学校へ向かっていた。
太陽がきらきらとまぶしく、うきうきとする朝だ。
いつもと違って、そわそわとしている汰絽に、風太は軽く笑う。
つい最近、あんなにぷりぷり怒っていた汰絽がまるで別人のように見えた。
「そわそわしてるな」
「だって…、じょ、…女装するんですよ…? 人前で…」
「はは。…まあ、たろなら洒落にならないくらい可愛いだろうから、いいんじゃねえの?」
「男に可愛いって…」
むうっと口を膨らませた汰絽が可愛くて、風太は汰絽の頬を指先で突いた。
突かれた汰絽はむっとして風太を見上げるが、風太が笑っているのを見て汰絽も小さく笑う。
「汰絽ー」
前の方で好野が手を振っているのに気付き、汰絽もぶんぶんと手を振る。
風太を見上げてから好野の元へ近づくと、風太も後からついてきた。
「よし君おはよ!」
「おはよ。は…、春野先輩、おはようございます」
「はよ。…杏は? お前と一緒に行くって言ってたけど」
「杏先輩ですか? なんかお弁当忘れたらしくて、コンビニで買ってくるそうです」
「そうか」
好野と風太が話すのを、汰絽がニコニコと笑みを浮かべて眺める。
自分が大好きな人が、仲良くしているのを見るのは嬉しい。
ニコニコしている汰絽に気付き、好野が笑った。
「じゃあ、風太さん、行きますね」
玄関につくと、汰絽は風太に手を振る。
風太の手にはふたり分のお弁当が入った弁当箱があって、持ってくれる風太の優しさに嬉しくなった。
昼、屋上で待ってるな、と言った風太にもう一度手を振る。
「風太さん、綱引き、頑張ってくださいね!」
「おう。お前も女借頑張れよ」
「汰絽、俺も綱引き」
風太に何度も手を振る横で、好野が苦笑しながらそう言うと、汰絽はそうだったけ?と満面の笑みで尋ねてきた。
教室で担任の話を聞いてから椅子を持って移動する。
開催前の吹奏楽部の準備演奏を聞きながら、汰絽はわくわくとしていた。
汰絽は午後まで参加する競技がない。
好野はお昼前に綱引きがある。
それまではふたりは競技を眺めるだけなため、このわくわくが午後まで持てばいいな、とふたりで笑いあった。
いよいよ入場の音楽が流れ始める。
ふたりは気を引き締めて、観客のたくさんいるグランドへ向かった。
「100メートル走って盛り上がるよね」
「一番最初の競技だからな。みんなテンション高いからな」
「後半に行くにつれてテンション下がっちゃうもんね」
「な。…汰絽の女装楽しみだな」
「よし君。僕の女装楽しみにしてどうするの」
「どうもしないよ。ただ、可愛いものが可愛い恰好しているのを見るのが楽しみなだけー。俺は可愛いのが好きだからな!」
好野がふんと胸を張ったところを見て、汰絽は思わず笑う。
それから100メートル走のアナウンスがかかったのを聞いて、視線をスタートラインに移した。
もうすでに2年生が走り始めていて、汰絽は目を見張った。
「あれれ! 風太さんとあん先輩!」
汰絽が指さした方を見ると、白い頭と桃色の頭がスタートラインに立っている。
ふたりはびっくりしながら、アナウンスを聞いていると、風太と杏の名前が呼ばれた。
「風太さん、綱引きしか出ないって言ってたのに」
「杏先輩、腰が痛いーって言ってたのに大丈夫かよ…」
「近く、近くいこ!」
「おう」
100メートル走のレーンに近づいて、スタートラインを見つめる。
クラウチングスタートの形をとったふたりを見て、汰絽と好野は息を呑んだ。
ピストルのパアンっ、という大きな音が鳴り、一斉に走り出す。
先に杏が先頭を切って走り出したが、すぐに風太が追い抜いた。
ぐんぐんと走っていくふたりに、汰絽と好野はわあっと歓声を上げる。
杏を抜いた風太はそのまま、他の人を引き離して一位になった。
「よ…よし君!! すごいね! 風太さんっ、すごい…! かっこよかった!」
「すごい、興奮の仕方だな」
「だって風太さん、すごい…! ものすごく速かったね! さすが…! あの筋肉っ」
「結局お前は筋肉なんだな」
「あーっ、すごい!!」
うっとりした顔でゴールにいる風太を眺める汰絽に、好野は「春野先輩、ドンマイ」と心の中で呟いた。
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