挨拶のキス?
質素な居酒屋やカフェがある通りの奥まったところに、イーストナイトのたまり場がある。
そこは潰れたバーで、東条達が入り浸るようになってからは派手な落書きが施され、たまり場であることが明らかにわかるようになっていた。
EastNightと書かれた扉を乱雑に開けると、ガラの悪い男たちが近づいてくる。
東条は基本的に幹部とそこそこ親しい奴にしか興味がない。
いつの間にかメンバーが増えているということがよくある。
おそらく、風太の顔を知らないということは、まだ入ったばかりの奴らだろう。
「この髪見てわかんねぇのかよ」
ガン付けてくる男に頭突きをして気絶させる。
すると、侵入者に気付いた奴らが鉄パイプや金属バッドを手にし風太を囲んだ。
内装は広く、ロフト式になっている店内は、奥の方にソファーがあってそこは幹部の定位置。
騒ぎに気付いたのか、奥の方から幹部の一人が出てきた。
「お前、何しに来たんだ」
「小河原、東条出せ」
「ああ?! 何しに来たか答えろって!」
「てめぇんとこの頭が俺のもんに手ぇ出してきたから来たんだよ」
「…あれか、あの小さいの」
風太が小河原の首元を掴んで低い声を出すと、小河原は思い出したようにそう呟いた。
それから悪い、と風太に謝ってから、鉄パイプや金属バッドを持った男たちに下がるように告げる。
すぐに二階に上がる階段の前にいる奴らを退かせて、風太を案内した。
「マキ、どうしたんですか」
「マキって呼ぶなって! …春野が来た」
煙草のにおいがしてきて、あー、と思わずポケットを探る。
階段を登り切った小河原が五十嵐と話し込むの見つつ、風太も階段を登った。
なぜかむくを抱いて立っている汰絽に風太はほっとする。
汰絽に抱かれているむくは眠っているようで、そのことにもほっとした。
それからソファーで煙草を吸いながら携帯を見ている東条に向けて、担いでいた鞄を投げつけた。
鞄は東条の顔にあたることなくキャッチされ、椅子の上に置かれる。
「…お前、ふざけんなよ」
「よ」
「くっそ、今回のは腹立つ。くっそ腹立つ」
「ま、お前がいつまでたっても俺にこのちびちゃんを見せないのが悪い」
「それとこれは話が違うだろ」
落ち着いた声の中に苛立ちが見えているのが、東条にもわかるのか、東条は煙草の火を灰皿に押し付けると立ち上がった。
そばに寄ってきた五十嵐に離れるようにと言われ、その場を離れる。
何が始まるかそわそわしていると、五十嵐が大丈夫ですよ、と呟いた。
「お前、いい加減にしろよ」
風太はそう言いながら傍にあったビール瓶を手に取った。
それから一歩ずつ近づいていき、東条の胸ぐらをつかむ。
東条は笑いながら、風太の足に蹴りをいれた。
風太の表情が変わるのを見て、むくを五十嵐に預け風太の傍に行く。
「風太さん! むくの前ですよ!」
そばに寄ってきた汰絽が、風太の腕を右手でぎゅっと掴む。
空いた左手は空を切って顎にぱしりと当たった。
「った」
「もう、やめてくださいよ。むくは寝ているといえど、子どもの前でそんなことする人嫌です!」
「…い、いや…」
ビール瓶を置いた風太はごめん、と言って、汰絽の手に自分の手を重ねる。
きっと東条を睨んだ汰絽は早く帰りましょ、と風太の服を引っ張った。
それから鞄を取ってからカンカンと音を立てながら階段を降りる。
後ろからついてきた東条と五十嵐を一瞥して、風太も後ろをついていった。
「東条、お前、汰絽に何したんだ」
「ん? 挨拶のキス?」
「ぶっ殺す」
「僕、あなたのこと大っ嫌いですっ」
大きな声で叫んだ汰絽はそのまま扉を開けて、たまり場を出ていく。
風太は東条の頬を一発殴ってから、後を追いかけた。
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