気持ちの変化
目が覚めると、そこはベッドの上でむくを挟んで隣に風太がいた。
驚いて勢いよく起きるとそこは黒猫で先ほどのことを思い出す。
あんなにも感情をむき出しにして泣きながら風太に寂しかった、なんて言ったことを思い出すと、居ても立ってもいられなくなり汰絽は顔を覆った。
「起きたか」
「…」
「ショウが飯作って待ってる。下行くか?」
恥ずかしさのあまり声に出して答えることが出来ずにこくりと頷く。
むくは風太に本を読んでもらっていたのか、風太にぴったりとくっついていた。
顔を赤くしたり青くしたりしている汰絽を見て、むくがこてんと首を傾げる。
「たぁちゃんお熱あるの?」
「んーん」
むくを抱き上げて、立ち上がる。
風太がそんなふたりを見て微笑んだ。
その表情の優しさに汰絽はぎゅっと唇を噛む。
汰絽はむくを抱きかかえたまま、下へ降りた。
店に降りると好野と杏がカウンターに座って夏翔と話していた。
降りてきた3人を見ると、杏と好野は席を移動する。
カウンターに腰を掛けると、夏翔が子供用の椅子を持ってきてくれた。
むくを挟んで座ると、風太の隣には杏が、汰絽の空いている方には好野が腰を下ろす。
隣に座った好野を見ると、大丈夫か、と尋ねてきた。
こくりと頷いて小さく笑うと、好野はそうか、と安心したように笑う。
「ショウ」
「ああ、準備できてるぞ」
夏翔はそういうなりに、鍋の中にお玉を入れて皿を用意した。
不意に子ども用の椅子のことが気になって夏翔に尋ねたら、風太が買って来いって言ったんだ、と苦笑しながら教えてくれる。
そのことに少しだけ嬉しくなって隣をちらりと見ると、風太は考え込むように携帯を開けたり閉じたりしていた。
「わあ、なあに」
「ん? これかー? これはな、ウサギさんだぞー」
夏翔が出してくれたのは夏野菜のカレーで、ニンジンがウサギや星などにかたどられている。
むくが嬉しそうに笑うのを見ていたら、汰絽も思わず嬉しくなり小さく笑う。
汰絽が元通りになって安心した。
風太はむく越しに嬉しそうに笑う汰絽を見てほっと一息つく。
しかしチームを抜ける、といったことが少しだけ心に引っかかっていた。
その場限りの言葉ではなかったけれど、いざ口に出すと現実味が押し寄せてくる。
ここに通い詰めてからかれこれ5年は経つ。
総長になってからは3年だ。
先代とは違った、自分なりに納得のいくチームが出来上がった。
少しだけ、ここのトップにいるのが自分でなくなるのがさみしいような気がする。
「…杏」
「ん? なあに」
「お前、俺が抜けるって言ったらどうする」
「…え、なに、え?」
「俺が抜けるって言ったらどうするって聞いてんの」
「…マジ?」
「質問に答えろよ」
苛立ったように自分の方を向いた風太に、杏は思わず口元を押えた。
その表情は困惑したもので、風太は眉を寄せる。
答えを促すように杏の足を蹴ると、ちょっと待って、と頼りない声が聞こえてきた。
風太の言葉を再度確認するように一回俯いてから、にこっといつも通りの笑顔を見せる。
「んー…と、俺も抜けるかな」
「…だろうな」
「俺ね、やりたいことがあるから」
「あ?」
「ちょっとやりたいこと見つかったの!」
「…へえ」
興味なさそうなふりをする風太に、杏は軽く笑った。
この悪友は素直じゃないんだからなぁ、と心の中で呟いて、風太の足を蹴る。
珍しく反撃してこない様子で、杏は思わず腑抜けた笑い声を漏らした。
「最近さ、ちょこーっとアルバイト感覚でやってた例のアレが軌道に乗ってきましてね」
「…ああ、あれか」
「このまま、波に乗っかろうと思いまして。進路のことも決めなきゃでしょ。俺、大学行くつもりもないからさ」
「大学行かないのか」
「ん。そ。もうちょっと頑張れば、いいとこと契約できそうだから、ちょこっと頑張ろうと思いましてね」
「…いいんじゃねぇの。お前が決めたんなら」
風太の言葉に、杏は小さくありがと、と笑った。
それから夏翔にむくたちが食べてるものを自分にも出すように頼む。
照れたように少しだけ火照った頬が恥ずかしかったのか、杏はよそを向いていた。
そんな悪友に、風太はさみしい、と思っていた気持ちが少しだけ変わったのを感じる。
「…で、お前」
「ん?」
「それを頑張るのはいいんだけど、一外のことどうするの」
「え?」
「…俺が気づいてないと思ったか」
「…ちょ…と、えっ!?」
にたりと笑った風太に杏は今度こそ真っ赤にした顔を風太に向けて、中指を立てた。
きい、と聞こえそうな口元に、風太はけらけらと笑う。
そんなふたりを見て、好野と汰絽が嬉しそうに笑っていたことは、ふたりは知らない。
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