ドキドキ
「汰絽ちゃん、はるのんといてドキドキすることある?」
「…ドキドキ?」
汰絽が少し考え込むのを見て、杏は少し驚いた。
考え込んでいる姿が、さっきまで見ていた汰絽と違って大人びている。
面白い展開になってきたかも、と思うと、胸が高鳴った。
「そんな、ことないです」
あたりの喧騒にかき消されるくらい小さな声で、返事が返ってきた。
そんなことない、という表情は、まるで言っていることとは違って、杏はゾクリとする。
子どもみたいな容姿をしているのに、時々見せる大人な表情がとても魅力的だ。
「そう?」
「はい」
はい、とはっきりとした答えが返ってきたときにはもうそんな表情は見られなかった。
あれ、と思っているうちに、汰絽はおいしそうに他のデザートを食べていて、さっきの表情を見たのが気のせいだったかのようにふるまっている。
杏は首を傾げながら汰絽を眺めた。
「…なら、あるけれど」
カクテルを仰いだ時に汰絽がなにか呟いたが、杏は聞き取れなかった。
「ただいま」
「お帰りなさい、風太さん」
美南と会話を終えた風太が戻ってきた。
杏は席を移動して風太に汰絽の隣を譲る。
それからじっとふたりを眺めた。
「お前、この髪どうしたの。絡まりまくってるし」
「あん先輩がぐしゃぐしゃしたから絡まっちゃいました」
告げ口するように笑いながら言う汰絽の言葉に杏は苦笑する。
風太は眉間にしわを寄せて杏を見てから、汰絽の髪に触れた。
「直してやるよ」
風太の長く大人びた指先が汰絽の髪をていねいに直していく。
汰絽はケーキを口に運びなながら俯く。
その頬が赤くなっているように見えて、杏ははっとした。
「…あ、そうか」
杏が思いついたように声を出したのを聞いて、ふたりは杏の方を向いた。
ジュースとってくるーと笑って立ち上がった杏に風太が首を傾げる。
「あいつどうしたんだ」
「?」
「わかんねえか。…たろ、食いすぎじゃね?」
「そんなことないですよー」
「アイス食うか?」
「はいっ」
アイスを取りに行くと、立ち上がった風太にポンポンと頭を撫でられた。
そっと撫でられた場所に触れると、髪の毛が綺麗に治っていた。
汰絽は立ち上がり、アイスを取りに行く風太を追いかける。
アヒルのようについてくる汰絽に、風太は口元を隠しながら笑った。
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