腹筋パワーは偉大なり
「そういえば、僕を紹介するってどうしてですか」
隣から聞こえてきた声に、自分の二の腕と風太の二の腕を並べている汰絽を見た。
汰絽はぱっと並べていた二の腕を離して風太を見上げた。
「お前が俺の大事な家族だから、お前に絡むことがないように、ってことと、お前に何かった時にうちの奴らが守れるようにさ」
「何かって何かあるんですか?」
「んー、例えば、俺と敵対してるやつらがお前を連れ去るってこともあるだろ。まあ、うちの奴らが絡むってことはないだろうけど」
「僕を連れ去っても何もないですよ」
「いやいや、有りますよ。たろを人質にされたら、俺たまらねえもん」
いまいち把握できない汰絽に、風太は思わずため息をついた。
連れ去られた汰絽の身に危機が降りかかるところまで想像している。
この可愛さに誘惑された男がどんなけだものになるか、白い肢体を一瞬だけ想像して大きく頭を振った。
とにかく理解してもらわねば困る。
「ちゃんと理解できたらまた触らせてやるぞ」
「はいっ」
「簡単に言うと、お前は俺の弱点」
「弱点」
「お前がつかまったりしたら、俺はお前を守るために敵の奴らに従わなければいけないだろ」
「なるほど。じゃあ、僕の顔を覚えて、なにかを防ぐためってことですね」
「おお…そうだ。そうだ。…腹筋パワー恐るべし」
ようやく理解した汰絽にため息をつきながら、ちらりと裾を捲ってやる。
なんてチラリズム! と叫びながらTシャツの裾に手を突っ込んできた汰絽に男らしさを感じた。
「風太ー、飯出来たぞー。あと他の奴らもだいたい来たぞー」
「たろ、おしまい」
汰絽の手を裾から引き抜いて、頭を撫でる。
それから立ち上がってうんと背伸びをしてから、下行くか、と告げた。
部屋を出て、階段を降りる。
登ってきたときは感じなかったが(抱き上げられていたため)、自分の足で降りると案外急な階段だった。
ふたりが降りた先は、昼間の喫茶店とは違い、最近の音楽が流れざわざわとしていた。
カウンターまで行く途中、風太がたくさんの人に声をかけられ、みんなチームの人なのだと思う。
カラフル…と呟くと、風太が軽く笑った。
大きな音楽の音に、顔を近づけて話す。
ふいに香った香りを感じ、いつもと違う匂いだ、と思った。
カウンターに寄りかかり、顔を近づけて話すふたりを杏が見つけ、駆け寄ってくる。
「汰絽ちゃーん」
「あんせんぱい」
ゆるい声と顔で話しかけてくる杏に、汰絽がへにゃりと笑みを浮かべる。
杏も同じように笑い、汰絽の頭を撫でた。
騒がしい店に声が聞こえず、杏をちょいちょいと指で呼ぶ。
耳を近づけた杏に何かを告げた。
「おけー。みなみちゃんと行ってくるねー」
「頼んだぞ」
「おうよー。あ、ショウさん、アイスも作ったって。汰絽ちゃんに後で食べさせろって」
「おう」
杏と風太が離していて、置いてけぼりにされた汰絽は風太の服の裾を握った。
不安になってしまったのだ。
急にひとりぼっちのような気がして、さみしくなる。
きゅっと握る手に力を入れて、風太に近寄った。
「どうした」
「大きい音ちょっと苦手です」
「あぁ、悪いな。もう少し我慢できるか?」
「うん」
「いい子だな。まだ集まってないみたいだから、先飯食うか」
こくりと頷いた汰絽の頭を撫でて、風太はカウンターの椅子を引く。
汰絽が座ったのを見てから風太も腰を下ろした。
忙しなく動いていた夏翔がふたりに気付き、お皿を二枚前に出してくれた。
皿を置いた夏翔はすぐにカウンターの中にいたもうひとりの男の人に呼ばれすぐにそちらへ行く。
「わ…、おいしそうなカレー」
「ショウの作るやつはうまいぞ。お前のもうまいけど」
「いただきますっ」
手を合わせた汰絽にほっとしつつ、風太もスプーンを手に取った。
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