愛しいあの子は変態さん

「あいつ、可愛いもの好きなんだってさ。たろ、可愛いもんな」

優しく撫でていた手を乱暴にし、わしゃわしゃと髪をかき混ぜる。
汰絽の小さな悲鳴に笑いながら、風太は汰絽の顔を覗き込んだ。


「そんなことないです。かっこいいって言ってくださいな」

「はいはい。かっこいいよ」

「むー…雑ー」

汰絽の拗ねたような表情に、少し膨らんだ頬を摘んだ。
餅のように柔らかい。
これが本当に男の頬なのだろうか、と思う。


「ね、風太さん、触らせて」

「お前…」

「触らせてー」

「…腹筋はやめてください」

「腹筋がいいです」

「強情だな」

「風太さんこそ強情です。触らせてくれるって言ったのに」

「変態」

変態、と言われて、汰絽はすんっと鼻を鳴らした。
悲しそうな顔をして、紙袋の中からロシアンにゃんこを取りして抱きしめる。
丁寧にううう、と鳴き声も上げている。


「ひどいです。約束したのに…ひどいですよね、ロシアンにゃんこさん…」

『ひどいにゃー。約束守らないのはひどいにゃー』

ひとり劇場を始めた汰絽の棒読みなロシアンにゃんこに、くっと鼻を抑える。
恋は盲目とはこういうことを言うのだろう。
風太は愛おしい、可愛い、抱きしめたい、キスしたい、といろいろな欲望を、抑えた鼻で啜るように制御した。


「あーっ! 総長が泣かした!!」

「風太さんの馬鹿ぁ…っ」

「総長にそんなこと言えるの杏さんだけっすよ!!」

「うるせえ、美南」

「すんません!」

「お前ちょっと、いつものと甘いもん買って来い。苺の奴」

「はいっ」

リンゴジュースを片手に戻ってきたばかりの美南に言いつけ、風太は汰絽を俵のように担いだ。
あっさりと担がれた汰絽はぽかんとしつつ、ロシアンにゃんこを手放さない。
風太はソファーの上の荷物を持ち、カウンターへ向かった。


「ショウ、夕方になったら呼べ。こいつ、チームの奴らに紹介するから」

「了解。飯は?」

「食う。ふたり分。ひとつ俺のより少な目で」

夏翔の了解の言葉を聞いてから風太は階段を上った。
ゆらゆらと揺れる感覚は少しだけ怖いが、力強さを感じまだ見ぬ腹筋に思いをはせる。
階段を上ってすぐの部屋の扉を無造作にあけ、汰絽を抱えた風太は入って行った。




「よっこいしょーいち」

親父くさいつぶやきとともに、汰絽は黒い革張りのソファーに下ろされた。
きょとんとしている汰絽の隣に、風太も座る。
それからはっと笑い声を漏らしながら、汰絽の頬をぶにっと掴んだ。


「そんなに触りたいならふたりきりの時な」

「ん」

「ほれ、脱いでやるから、泣きまねやめなさい」

「ばれてた」

「バレバレですよ」

「ふふ。早く脱いでくださいなー」

「はいはい、変態さん」

汰絽に急かされながら黒いTシャツを脱ぎ捨てる。
露わになった綺麗な上半身に汰絽は鼻を押えた。


「あう…っ、やばいです。やば…ふおお」

押えた指の隙間から赤いなにかが見え、風太ははっとする。
こいつ…鼻血出してる…と少し呆気にとられながら、風太は指さした。


「…たろ、鼻血出てるんだけど」

「…う、ううう」

「あ、上向くなっ」

だらだらと垂れてくる鼻血に風太はティッシュを取り鼻を押えた。
汰絽の白いパーカーが血に濡れずにすんで、ほっと息をつく。
両てのひらを上に向けてわきわきとしている汰絽に片手でティッシュを渡す。


「ううう」

「ほんとに筋肉好きなんだな」

「しゅみましぇん…」

半裸の風太が鼻血を押える…という微妙な状況に、思わずため息がついた。
好きな人とふたりっきりの最高のシチュエーションにも関わらず、こんなに色気のない状況になるとは…男の名が廃る。
あわよくば…なんて下心満載でここに連れてきた風太はプライドがおられるような絶妙な感覚を味わった。


「とまっらろおもひまう」

「そうか。…とりあえず、触るか?」

「う!」

「その前にそこで手を洗いなさい」

猛スピードで手を洗い、カバンに入っているタオルで手を拭いた汰絽は、ぷるぷると震える手で風太の腹筋へと手を伸ばした。
鼓動が高鳴っている。こんなの初めてだ。
はあはあと吐息が聞こえてきそうなくらい、息の荒い汰絽に風太は苦笑した。
ぺた…と可愛い音がしたのと一緒に、風太は汰絽のふわふわの髪に触れる。


「ふおおおっすごいすごい! すごい筋肉ー! ひゃー!!」

「そうかい…。ダチのは触らねぇの?」

「よしくんはフツメンさんなので、筋肉がないのです。ふにふにお肉ですよー」

「触ろうとしたんだな」

「…。にしても、はああ…こんなの初めてです」

「たろきめー」

「あう」

ぺたぺたと触れる手はとても楽しそうだ。
片足をソファーにあげ、もう片方を下ろす。
足の間で腹筋を触っている汰絽の髪を、両手で撫でた。
柔らかな髪質が気持ち良い。
髪からゆっくりと指を下ろしていき、頬を触れ、人差し指で耳の裏をくすぐる。
柔らかな髪も、餅のような頬も、人差し指に触れる熱い皮膚も触り心地が良い。


「くすぐった…っ」

「お前が触る分、俺も触ることにした」

「ふはっ、わ、」

「そろそろ服を着てもよろしいでしょうかね」

「どうぞ…はぁあ…。また触らせてくださいね!」

「はいはい」

約束を取り付けた汰絽は満足そうに風太のTシャツを拾い手渡した。
風太も満足そうにTシャツを着こみ、汰絽の頭を撫でる。
汰絽に腹筋を触れさせれば、自分も汰絽に触れることが出来る。
なんていい約束だろうか。
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