満月の夜に

時雨×椿
旧サイトhit記念小説


(…、満月か)

時雨は車庫に車を止めマンションに入ろうと玄関へ向かった途中、湿った香りがしたため空を見上げた。
空には丸い大きな月が輝いている。
思わず息を付くと、白く色づいた。

(椿が喜びそうだな。ドライブにでも連れて行こう)

とか、考えて少し笑みを浮かべる。
早く、部屋に帰ろう、と足取りを速めた。



「ただいま」

玄関のドアを開けて部屋へ入れば、椿がソファーに横になっている。
ロイも秋雨もテーブルについていて、なにかを話し合っていた。
口を挟む必要もなさそうだったため、時雨は椿の元へ寄る。


「椿、ただいま…寝てるの?」

時雨の声に、椿はのそのそと起き上がった。
少し頬が赤く染まっている。


「…、椿?」

いつもなら時雨を出迎えるのに、今日は出迎えが無かった。
椿の様子をいぶかしみ、時雨はそっと額に触れる。
額に触れた途端、椿は瞳を潤ませた。


「…あつ、熱が出てる…。そんな泣きそうな顔しないで、こっちおいで」

椿は目をこすりながら時雨に近寄った。
近寄ってきた椿を、抱き上げてテーブルへ近づく。


「おい、お前等、椿の様子に気付かなかったのか?」

「あ、しっぐれさん、え、ひっ…? 椿君?」

ロイが少し高潮した顔で時雨を仰いだ。
椿の様子に気付いてなかったようで驚いている。


「すみません!! 気付いてませんでした…、保健医としてさいてぇだあああ…っ」

「…なんだお前等酔ってるのか?」

「…俺は酔っていない。酔ってるのはロイだけだ…、悪いが、こいつ今椿ちゃんの事見れないぜ」

「でろんでろんだな。…夜間診療でも受けてくるよ」

「おう。悪いな…。椿ちゃん、ちゃんと見てもらうんだよ」

椿は少し震えながら秋雨の言葉に頷いた。
寝室へより、ブランケットを取ってきて椿を包む。
それから冷えピタを額に貼り、マンションを後にした。


車の中で椿は朦朧とする意識の中で、空を見上げていた。
その様子に時雨は少し不安になりながら、病院へ急いだ。


病院に到着し診察を受ければ、ただの風邪だと診断された。
脱水を起こしているため点滴を受けるように進められ、今は点滴を受けている。


「2時間程度で終りますよ、多分、熱も少し下ると思います」

「、有難うございます」

看護師がそう告げて、空いていた診察室から出て行く。
椿は少しウトウトと天井を眺めている。
そんな椿の額へ唇を寄せると、時雨へ視線を移した。


「眠かったら眠っていいよ」

そう告げると、椿は首を振って否定した。


「眠ったらすぐに風邪も治るよ」

そう伝えても全く眠る気配がない。
どうしたものか、と時雨は椿の頬を撫でた。
椿の瞳から涙が零れる。


「…ああ、怖いんだね。なんか本でも読んであげようか」

時雨は、ベットの脇にある子供用の本棚から本を取り出して椿に見せた。
すると椿はこくん、と頷く。


脇においてあった本は赤頭巾で、家にある様な綺麗な絵本ではなく、本当に幼い子に読み聞かせるような本で笑みを零した。
半分くらいまで読むと、椿は眠ってしまった。
額に触れれば、少し熱が下っている。
時間も1時間半は過ぎた。

時雨は椿の寝顔を見つめてから、時間が来るまで、と、鞄の中に丁度入っていた本を読み始めた。



本を読んでいたら直に時間がたったようでで、2時間を少し越えていた。
椿はまだ眠っていて、すーすーと寝息を立てている。
そんな椿の頬を撫でていると、看護師が入ってきた。


「終りましたか?」

点滴を見て、多分、と答えると、看護師はベットに近づいてきた。
そっと椿の肩に触れて声をかけると、直に目を覚ました。


「点滴終ったから、帰るよ」

そう告げると、椿はまどろみの中で頷く。
熱もかなり下ったようで、安心する。
看護師がすばやく点滴を抜くと、もう宜しいですよ、と時雨に伝えた
時雨はまだ少し眠そうな椿を抱き上げて、連れて行く。

会計も済まし車へ戻ると、丸い満月がキラキラと光を零している。
椿は時雨の手を借りて車高の高い車に乗るのに必死だったため、気付いてないようだが。
ようやく乗り込んだ椿は、一息ついて時雨に有難うと伝えた。


「どういたしまして」

車内の温度を調整して、時雨は車を走らせた。
椿は眠気が覚めたのか、ナビを見つめている。


「椿、そんなにナビ見てると、車酔いするよ」

そう苦笑しながら伝えると、椿は恥ずかしそうに顔を背けた。


「外、見てご覧。今日は満月だよ」

時雨に言われたとおり、椿は外へ視線をずらした。
濃紺色をした空に、黄色い満月がぷかぷかと浮いている。
椿は窓に張り付いて、目を輝かした。


「本当は、月が綺麗だから、ドライブにでも連れて行こうと思ってたんだけれど…」

時雨が呟くと、椿は唇を有難う、と動かして頬を染めた。
その様子を見つめ、時雨は思わず照れてしまう。
てっきり、椿は笑顔を見せるかと思っていたため、赤面されるとは思ってなく、時雨は椿から視線を逸らし、運転に集中した。


マンションに着き、椿を車から降ろしてやると、椿は立ち止まった。
歩き出そうとした時雨も、椿につられて動きを止める。


「どうした?」

と、尋ねれば、椿は顔を空へ向ける。
視線の先には満月が光を沢山零していてた。


「…、綺麗だ」

空を見つめる椿は、余りにも、儚くて美しい。
それで時雨は、思わず月への感想ではなく、椿への感想をもらしてしまった。
生憎、椿は気付いてないようで、こくん、と頷いている。
そんな椿の頬に掌を寄せ、軽く髪に口付けた。


「そろそろマンションに戻ろう、体が冷える」

時雨の言葉に、椿は頷いて歩き出した。
椿の手に自分の手を重ねて、進む。


時雨は、そっと後ろを振り返った。
満月の光が、道を白く染めた雪にキラキラと光るのを見つめながら。

まるで、月の光に解けて消えてしまいそうな椿を思いながら。

満月の夜に。


end
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