あれなあに

時雨×椿


久しぶりの休日、椿と二人で水族館に来た。
椿の水族館デビュー。
嬉しそうに歩いている椿がなおさら幼く見える。


「椿。迷子になると悪いから、手繋ぐよ」

喋れるようになったのに、喋るのを忘れ頷く椿に笑いながら、時雨は椿の手を取った。
何処に行きたい?と聞くと、ヒトデを見たいと指を差す。


「ひ…ヒトデ?」

「ひ、とで? …みたことないの」

「…そうか。じゃあ見に行こう。ヒトデなら触れるかもね」

触れるかも、という言葉に椿の手にきゅっと力が入った。
嬉しいのか、笑みを浮かべている。
珍しく、自然な笑みで時雨も思わず笑みを零した。



“ふれあい広場”


「あ、ここだね。ここで待ってるから行っておいで」

「…し…」

「ん?」

「、しぐれさんは…?」

濡れた子犬の様な瞳で見つめられ、時雨は口を押さえながらついて行った。
ふれあい広場の真ん中に小さめのプールがある。
ふれあい、と言う通り、子どもが沢山いた。
というよりも子どもしかいない。
椿は背も低く体も細いため上手く紛れ込んでいた。
嬉しいのか、目がキラキラと輝いている。


「椿、手入れてごらん」

椿はこてん、と首をかしげた。
いいよ、と伝えると、椿はビクビクと右手をプールに入れる。


「冷たい?」

手を入れた椿は嬉しそうにつめたい、と呟いた。
時雨はその様子を微笑ましげに見つめる。


「、しぐれさん、ひとでは?」

「プールの底に居るよ。ほら、そこ」

「あ…」

腕捲りをしてやると、椿はプールの底へ手を伸ばした。
水面が波打ち波紋が広がる。
他の子ども達が広げた波紋と、椿の波紋が交わった。

指先にヒトデが触れたようで、椿が水から手を引いた。
感触に驚いたようで、時雨にしがみ付いてくる。


「ははッ、びっくりしたのか? 襲ってこないから大丈夫だよ。さわってごらん」

ふるふる、と首をふる椿に時雨はもう一度笑い、じゃあ別のとこいこうかと告げた。
次に二人が向かったのは大きな鮫のいる水槽だった。
椿は脅えて時雨の後ろから覗いている。


「しぐれさん、あれなあに」

「あれ? あの大きいのは鮫だよ。怖い?」

「すこし」

椿は時雨の後ろから手を伸ばして水槽に触れた。
大きな鮫は悠々と泳いでいる。
その様子に椿は自然と時雨の後ろから出て、水槽へ近寄る。
水槽に手のひらを押し当て、水槽へくっつく。


「椿、鮫にくっ付いて泳いでいるのは、コバンザメだよ」

「こばん、ざめ…しぐれさん、あれはなに」

「そう。あれは、マンタ」

「まんた…」

椿は指を差しながら、復唱する。
その様子が面白く、時雨は色々椿へ教えた。
椿はコバンザメが気に入った様で熱心に目で追っている。
コバンザメが、鮫にくっついて動いているのが面白いのか、遠くまで行くと椿もそれにあわせて歩いていく。


「椿はコバンザメがすきなの?」

「…うん。いっしょうけんめい、追いかけてるから」

「大きな鮫を?」

「うん。しぐれさんも、すき?」

好きだよ、と答えると椿は嬉しそうにコバンザメを見つめていた。
椿が満足した時、時雨は声をかける。


「椿、次行かない?」

頷いた椿に、時雨は椿の手を引いて次の場所へ向かった。


「寒いから、イルカショーはやってないし…。椿何処行きたい?」

椿にパンフレットを見せると、細い指が色鮮やかな魚を指す。
指が指されたのは、熱帯魚の小水槽だった。


「それ? 熱帯魚だよ」

「ねったいぎょ…」

「そう。熱帯魚、綺麗だよ。行こうか」

熱帯魚のコーナーに着くまで、色々な所を通った。
特に面白かったのは電気ウナギが入った水槽の前を通った時、丁度放電し、すさまじい音を立てた時。
椿はびっくりして立ち止まって目を白黒させた。
その様子が微笑ましくて、思わず笑い声を立ててしまった。


熱帯魚のコーナーに着くと、今度は椿は感嘆の声を漏らした。
そこは、壁に沢山の小さな水槽が満たしていて、鮮やかな泳いでいる。
その様子は、まるで色鮮やかな夢を見ているようだった。
タイミングよく、その場所には誰も居ない。


「…ねったいぎょ」

椿は水槽に近づいて、じっくりと見る。
瞳がキラキラと輝いてゆらりゆらりと視線を走らせた。


「しぐれさん、きれい」

視線を外さずに時雨にきれい、と呟く椿の頬に、水槽の鮮やかさが薄らと映る。
思わずその頬へ手を伸ばし、触れた。
ふわりとした頬は温かい。


「すごい…色がいっぱい」

赤や、オレンジ、青、がくるくると泳ぐ。
椿は熱心に色々な水槽を時雨が傍にいることも忘れて覗き込んでいた。


「熱帯魚好き?」

「すき、きれいだし、きらきらしてるよ」

「じゃあ、帰りに買っていこうか」

「買う?」

「そう。熱帯魚は育てられるんだよ。椿が1人で留守番する時も寂しくないように、買って帰ろうか」

こくん、とうなづく椿に、時雨は頭を撫でてそろそろ出ようか、と椿に告げた。
疲れたのか、椿は時雨の手を握りゆっくりと歩き出す。

久々の二人きりの休日は、椿のあれなあにが溢れかえっていた。



水族館の帰り、小さな水槽と何匹かの熱帯魚を買って帰った。
嬉しそうな椿が、何時間も水槽の前に居たのは、また別のお話で…。

end
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