春ですねぇ-2-
しばらく車を走らせていると、トンネルをいくつも越えた。
山道はカーブが多く、椿が車酔いをしていないか確認しながら、長い道を走る。
坂道続きだった道を下り始めたところで民家が見え始めた。
ところどころ、赤い花を見つけ、椿が嬉しそうに椿、と呟く。
「ちょうど、藪椿が咲いてるね」
「うん、綺麗」
「また今度、見に行こうか」
「いいの?」
「もちろん」
次の約束が嬉しかったのか、椿の口元が緩んだ。
時雨はよかった、と呟いた。
四十分程走ると、ようやく海が見え始めてきた。
坂道から見る海は太陽の光できらきらと輝いて見える。
椿はサングラスを外し、フロントガラス越しに海を見つめた。
「きらきら」
「綺麗だね」
「うん、天気、いいから」
坂道を下り、海岸沿いの村中を走る。
この先を進むと、あとはずっと海のそばを走る道だ。
途中、駐車場に車を停めて、ふたりは外に出た。
「んーっ」
「まだ少し肌寒いけれど、おひさまが出てるから温かいね」
「うん。春ですねぇ」
「ふふ、そうですねぇ」
のんびりとした椿が背伸びをする。
時雨も隣で腕を伸ばしながら、海を眺めた。
まだ海の季節じゃないため、人は片手で足りるくらいしかいない。
ふたりはコンクリートの緩やかな階段を降り、砂浜をゆっくりと歩き始めた。
ぴたっと隣を歩く椿の手を握り、ざくざくと歩く。
足を進めるごとに沈む感覚が楽しい。
「あっ」
急に声をあげてしゃがんだ椿に、時雨もゆっくりとしゃがむ。
椿が何かを見つけたようで、それを摘んで時雨に見せた。
手のひらに乗せたそれを指先で撫でてみたりする。
「これ、石? 水色だよ」
「ああ、これはガラスだよ」
「ガラス? きらきらしてない…あと、痛くない。角っこが丸いよ?」
「これはね。向うの方から流れてきたビンとかが、波に削られて、こんな風にくすんで、丸くなるんだよ」
「綺麗だね。あ、こっちも、こっちは白」
椿の手のひらに、丸くなったガラスが置かれていく。
途中貝殻に浮気をして、貝殻も乗せられた。
時雨は椿の隣を歩きながら、鞄の中からハンカチを取り出す。
「椿、これに包もっか」
「ありがと…」
水色のハンカチに拾ったものを砂を払ってから乗せて包む。
椿はもう拾うことに満足したのか、手についた砂を払い時雨の手を握った。
「もう拾わない?」
「うん。もういーの。時雨さんにも、後でひとつあげる。何色がい?」
「じゃあ、水色のを貰おうかな」
「うん」
包んだ貝殻やガラス片を包んだハンカチを、小さなポシェットに入れる。
それから時雨にぴったりとくっついて、椿は嬉しそうに笑った。
「風、きもちーね」
「そうだねぇ。春野に匂いと海の匂いがちょうど混ざってるね」
「うん」
ゆっくりと歩く足をすすめ、波打ち際に近寄る。
椿は海を眺めて歩き、時雨は椿越しに海を見つめた。
灰色の長い髪が風に靡く。
「あっ」
「ん? 今度はどうしたの?」
「あそこ」
椿が指さしたところを見ると、民家から風で飛んできたのか、椿の花びらが波に揺れていた。
つぼみも同じように揺られていて、綺麗だ。
「わあ、綺麗」
「そうだね。…ふふ、椿は綺麗なものを見つけるのが上手だね」
「そうかな」
「そうだよ。椿はいつも俺に綺麗なものを見せてくれる。あと、春を教えてくれる」
時雨の言葉に椿は嬉しそうに笑みを浮かべた。
春ですねぇ、とまた呟いた声を聞いて、時雨もそうですねぇ、と返事をした。
春ですねぇ end
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