Un incubo felice
安曇×若葉
隣で寝息を立てる若葉の頬を撫でて、それからテレビの音量を下げた。
流れてくる音楽は、たぶん、あの曲。
若葉が好きでよく弾いてくれと頼んでくる、ドビュッシーの…。
「夢…」
チャンネルを変えて、ニュースを眺める。
今日合った出来事を単調に伝えていく様子を眺めていれば、静かな寝息が耳に届いた。
小さな手が自分の手に触れて、そっとその手を握る。
手を握れば、握り返してくれた。
起こさないように腰をかがめて額に口付ければ、気持ちが落ち着いた。
もう一度チャンネルを変えて、適当に標準を合わせる。
ベッドヘッドに体を預けて、瞼を瞑れば熱い夏を思い出した。
公園の木陰で、ゆっくりと過ごした、あの夏。
「あず、何読んでるの」
部屋の冷房が壊れて、しかも両親の客人が来ていてどこの部屋も使えない。
若葉の家はもちろん、涼しめる場所がなく、仕方なく公園の木陰に来た。
そこで木に凭れ、本を読んでいれば若葉の声が聞こえた。
その声に顔を上げれば、若葉が屈託のない笑顔で笑う。
「ん? …若葉が苦手な活字だよ」
「いっつも活字ばっか。あずって漫画とか読まないの?」
「読まないかな。活字のほうが、面白いし」
「漫画も面白いよ」
こんな他愛のない会話をして過ごした。
時々吹く冷たい風が心地よくて、隣に座る若葉に笑いかける。
心地よさに目を瞑れば、唇に柔らかい感触を感じた。
きゅっと、握られた手に目を開けた。
若葉の顔を覗きこめば、まだ眠っている。
テレビのほうに顔を向ければ、まだニュースが流れていた。
それほど、時間は進んでいないのだろう。
テレビの明かりを頼りに本を開けば、静かな眠気が襲ってきた。
「…若葉…?」
頬にさす日の明かりに目を覚ました。
隣で感じていたぬくもりを感じたくて、手を動かしたが、何も感じられない。
若葉、と小さく呼んでも返事はない。
暖かささえ、感じられない。
ああ、これは…なんて
…Un incubo felice
しあわせな悪夢なのだろうか
end
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