朝焼けに浮かぶ-3-
レストランで適当に昼食を終えた二人は、体験コーナーにやってきた。
体験コーナーは、室内でウサギや子どもの動物に触れられる。
丁度昼下がりで、子どもが少ない。
「わ、ウサギ」
椿がウサギによって眺める。
小さな柵があってウサギが柵の中で動いていた。
「触っていいよ」
椿は嬉しそうに笑い、ウサギへ手を伸ばした。
そっと頭を撫でてあげると、ウサギは大人しく撫でられている。
「ふわふわ、可愛い」
ふにゃあと笑う椿に時雨も笑みを零し、時雨もウサギに触れた。
椿と同じようにウサギに触る。
「時雨さん、ふわふわだよ」
「そうだね」
椿が楽しそうにウサギに触れていると、飼育員の人がやってきた。
飼育員は、ライオンの子どもと虎の子どもを連れている。
「椿、あっちみて」
「なんかいる」
「虎と、ライオンの子どもだよ」
飼育員に触っても言いかと尋ね、二人は虎とライオンの子どもに近づいた。
「すご、可愛い!! しぐれさん、すごい」
可愛いと連呼してる椿が可愛いよとか、脳内で思いながら、時雨は虎の子どもを触らせてもらった。
虎の子どもは、時雨が撫でた途端じゃれ付き始める。
携帯で写真をとってから、二人は体験コーナーを後にした。
大分時間がたっていて、既に6時近くになっていた。
「そろそろ旅館に戻ろうか」
と、2人は動物園も後にした。
旅館に戻ったら、備え付けのテレビを見る。
部屋のエアコンを点け、部屋を暖めた。
「椿、風呂入ってる? …大風呂に入るのはまだ椿は慣れて無いだろうから、備え付けの露天風呂になるんだけど」
「ろてん?」
「海が見えるよ」
「時雨さんは?」
「…一緒に入りたいの?」
こくん、と、うなづいた椿に時雨は鼻を押さえた。
一緒に入ったことはあるけれど、恋人になってからはまだ一緒に入っていない。
少し自分の理性の心配があるが、こう、可愛らしい上目遣いを使われてしまえば、どうにでもなれと、投げやりになってしまう。
椿がくいっと袖を握ったのに、時雨は覚醒して、風呂場へ向かった。
「ひろい」
「…」
(俺の理性は狭いって言うか、糸並みに細いよ)
「時雨さん?」
椿が、下から覗いてきたのに、時雨はそっと椿の目を覆った。
急に視界を遮られて椿はあたふたする。
それも構わず、すばやく椿を体を洗うところにいれた。
寒く無いように場所が隔離されている。
「椿、体洗うからそこに腰掛けて」
時雨に言われたとおり腰をかけた椿に、時雨はタオルにボディーソープをつけて、白い柔肌に当てた。
一通り体をきれいにし、頭を洗う作業に移る。
「目、瞑ってな」
「ん」
頭を洗い終えたら、時雨はすばやく椿を持ち上げ浴槽に連れて行く。
「ゆっくり温まってて」
「時雨さんは…?」
「終ったら行くから」
「分かった」
椿は言われたとおり、湯船に浸かって風呂の縁に頭を預けていた。
時雨は、その様子に自身の体をすばやく洗い浴槽へ向かった。
空は晴れて、海も穏やかになっている。
眺めていると見に行った海とは全く違って、呆気にとられた。
椿も驚いているのか、それともただ眺めているだけなのか、ぼう、と見つめてる。
「海、穏やかになったな」
「うん…、見に行った時と全然ちがう」
「そうだな。…椿、風呂気持ち良いか?」
「ん、すごくきもちー…、うち、のお風呂もきもちーけど、ろてん風呂もきもちー」
うっとりと、する椿に笑みを零しながら、時雨は椿のほほに口付けた。
しっとりと濡れた頬は、温かくうっすらと色づいている。
「あと10数えたら上がろうか」
「いち、にぃ、さん…」
温かい風呂から上がれば、夕食の支度をしていいか、女将が尋ねてきた。
ちょうど椿の浴衣を着付けていたところで、時雨は声だけで返事する。
ようやく着付けられた浴衣に、椿はわーとくるって一回転してみたりしていた。
そんな椿を抱き上げて部屋に戻ると、女将が夕食を運ぶように指示している。
向かい合うように座って仕度が済むのを待つ。
「わ、すごい…いっぱい、あ、魚」
「…それは泳がないからね」
「?」
魚の生け作りが出てきたところで、椿の興奮が絶好調になった。
魚や動物が好きな椿は、興味深そうに生け作りに食つく。
思わず泳がない、といったが、椿は分かっていたようで頭をこてんと傾けた。
「料理の本に書いてあった。いけづくり」
「そう、料理の本も読んでるんだね」
「うん。ロイさんが買ってくれたの」
(なんで、生け作り)
とか、ロイの本を選ぶセンスを考えながら、時雨は椿に食べるように進めた。
ゆっくり喋りながら食べて、食べ終わる頃には、女将が顔見せにきていた。
「どうでしたか? …新しい料理人に代わったのですが、お味は変わりありませんでしたか?」
「美味しかったですよ」
女将と時雨が喋ってる中、椿は少しむっとしながら、付いてきたぜんざいに口をつけていた。
(んー…、イライラするってこのこと? 時雨さん、楽しそう)
「椿?」
時雨がその様子に気付いたようで、どうした、と優しい顔で、聞いてきた。
椿はそれに、顔を紅くして、自分が先程考えてた事を恥ずかしく思い、顔を背ける。
女将、もう下って良いですよ、と時雨が告げたことに気付き、椿は顔を少し時雨に向けた。
女将も仲居も後片付けをしているところを横目で見て、時雨は椿の傍に寄る。
「つーばき。どうした? 具合悪い?」
そっと、優しく聞かれ、椿は居た堪れない気持ちを感じる。
もっとも椿は居た堪れない、という気持ちを理解できていないようだが。
なおさら顔が赤くなるのを、椿は少し冷えた指先で冷やそうと顔を覆った。
「…、ヤキモチでもやいてたの?」
「…おもちはやいてないです」
「…そのモチじゃないよ」
「じゃあ、なんのおもち?」
そっと、指の間から真っ赤な頬が覗く。
時雨はその頬を眺め、そっと椿を抱きしめた。
「俺が、女将と喋ってたの、嫌だった?」
時雨の言葉に椿は小さく頷いた。
そんな様子に、時雨は椿を抱きしめる腕を放して、抱き抱える。
「わ、」
「まだ、眠るには早いけど…、布団にいこっか」
「え? …ど、して?」
「ん? …そんな可愛い事してくれる椿を、どろどろに甘やかしてあげようかなって」
「あまやかす…?」
「そう。ま、とりあえず布団に行こう」
よく分かっていない様子だが、こくん、と頷いた椿に時雨は悪い笑みを浮かべた。
「ん、ん、…や、時雨さん、息できないッ」
時雨のどろどろに甘やかす、という言葉通り、椿は布団の上で深い口付けを味わった。
よくわからない状態だけれども、時雨の温かさを感じ、椿は必死に時雨にしがみ付く。
「ほんと、可愛いよ…」
時雨の声に、椿はそっとしがみ付いた背中に爪を立てた。
「早いけど、次の予定立てておこうか」
とか、この甘い夜明けに囁かれるのと同時に、椿は重たい瞼を下ろした。
end
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