不器用なヴァンパイア*-9-
あのお礼のキスではないキスをしてから、風太が屋敷に来なくなって一週間が経つ。
最初は風邪でも引いたのだろうかと思っていた。
けれど、もしかしたら嫌われてしまったのではないか、と考えると、居てもたってもいられなくなった。
「おや、汰絽君…。君が箪笥を開けるなんて珍しいじゃないか。そんなに慌ててどうしたんだい」
「…、風太さんが、一週間何も連絡せずに来ないんです…。どうしよう、嫌われたのかな、どうしよう…」
突然やってきた東雲に、汰絽は困ったようにその場に座り込んだ。
Yシャツは自分で着れるけれど、今までは風太の祖父の風早や、それ以前の風太の先祖に世話をしてもらっていたから、どこにズボンがあってどこにコートがあるのかも分からない。
この格好では外に出てはいけないことは知っている。
とりあえず服を着ようと箪笥を開いたが、どうすればいいのかがわからなかった。
「…わかった。私が支度をしてあげよう。でも、春野君を探す手伝いは出来ない。…君を狙うやつらがこの地区に入ったから、それの討伐に出掛ける」
「…風太さん、もしかしたら…」
「もしかしたら、ね。ほら、とりあえずズボンを履こうか」
東雲は箪笥を開いて、汰絽のサイズのものを取り出す。
それから、汰絽の前でひざまずき、肩につかまらせた。
足を上げてごらん。
優しくそう囁いてから、足を上げた汰絽の白い足首に下着を滑らせる。
片方を通してから、もう片方も同じように通させて上に上げた。
ズボンも同じように履かせてから、片足をあげさせて靴下をはかせる。
もう片方の足首を持ち、東雲は汰絽の爪先に口づけた。
「気を付けていくんだよ。…君の血は僕らを狂わせるんだから」
こくりと頷いて、東雲の額にお礼のキスを送る。
コートを取り出した東雲に着せてもらい、ブーツも履かせてもらった。
「…じゃあ、僕は君を守るために行くよ」
「東雲さん、ありがとう」
そう呟いて、もう一度、今度は頬に口付けた。
以前扉の外に出たのは、何世紀も前だった。
純血種の中でも、特別な自分の血。
それを狙う奴らから身を守るために、この屋敷から出て他の国に行った時に一度だけ。
夜の空気はこんなにも澄んだものだったのか、と久々の感覚に身体が震えた。
風太がくれたブランケットから、風太の香りを感じる。
ぎゅっとそれを抱きしめ、汰絽は夜の街へ繰り出した。
屋根伝いに進んでいくと、途中風太の香りが強く香った。
そちらへ歩みを進めると、薬のにおいやわずかな死臭が感じられてきゅっと唇をかみしめる。
スピードはやめて、匂いに集中すると、一部屋窓が開いている部屋を見つけた。
「…病院?」
窓枠に手をかけて、中に入りこむと風太の甘い血の香りがした。
風太の香りの中には、わずかに死臭が混ざっている。
ドキリと心臓が動き、汰絽はベッドに乗り上げた。
「…風太、さん? 風太さん、」
返事は帰ってこない。
身体にはたくさんの管が繋がれている。
ゆっくりとした風太の鼓動を感じて、汰絽は目を瞑った。
手のひらで風太の額に触れる。
白髪をのけて、目を開いた。
汰絽の目は真っ赤に染まっている。
「ごめんなさい」
そう謝ってから、汰絽は風太の記憶を覗いた。
「っああっ」
思わず大きな叫び声が漏れ、汰絽は口をつぐむ。
記憶の中で、風太は混血種に襲われていた。
たくさんの血が、狭い部屋の中で零れていた。
風太の上に倒れこみ、首筋の香りを嗅ぐと死臭が漂ってくる。
「…ごめんなさい」
汰絽はそう謝ってから、自分の舌を噛み千切った。
口内に広がる自分の血の味。
口の中でたくさん零れ、時折唇の端から零れる。
風太の頬に白い小さな手を添え、唇を重ねた。
口を開いて風太の口内に自分の血液を含ませる。
「ん…、んン…、」
もう噛み千切った舌は再生されていて、汰絽は残りの血液も風太の口の中に入れるようにキスをした。
真っ赤な血液で、唇が染まる。
風太にもう一度キスをしてから、汰絽はもう一度謝った。
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