不器用なヴァンパイア*-5-
「…ん…、あ、昨日…、新月だったんだ」
目を覚ますともうカーテンが閉まっていて次の日になっていることに気付いた。
身体を起こすと、そこには見慣れた白髪がこくりこくりと揺れている。
「あ、の…風太さん?」
肩を叩き、声をかけると、風太はすぐに目を覚まし振り返った。
おはよう、と声をかけられ、返事をする。
もう時刻は午前十一時で、珍しく早起きしたな、とあくびをした。
風太は立ち上がり、汰絽の頭を撫でる。
「ごめん、昨日は泊まらせてもらった」
「いいえ、すみません。ずっと眠っていて」
「…昨日は新月だったからか?」
「え?」
風太の口から新月という言葉が出てきて思わず唖然とする。
そんな汰絽に風太はしゃがみこんで、汰絽の手を握った。
「…お前の部屋を掃除した。輸血パック。…お前、ヴァンパイアだろ」
風太の口からでたヴァンパイアという言葉。
思わず身体の動きを止めて、風太をじっと見つめる。
「…僕が、怖いですか?」
「え?」
「もう来ないで、ここには、来ないでください」
「…おい」
「僕みたいなのの、世話なんてしたくないでしょ」
汰絽が悲しそうな顔でそういうのを聞いて、風太は首を傾げた。
それから汰絽の頬を掴み、こちらを向かせる。
冷たい頬は、汰絽がヴァンパイアであることをまじまじと教えてきた。
「なにひとりで早とちってんの」
「…だって、」
「じじいも知ってたんだろ?」
「風早さんは、最初から知っていたので…」
「だったら、俺も大丈夫だよ。お前怖くないし…、お前が来るなってもくるし?」
風太はそう言いながら、汰絽の額に口付ける。
このキスがいつも汰絽のしてくるお礼のキスではないことぐらい、汰絽に伝わってるはず。
そう思いながら風太は汰絽の額と自分の額を合せた。
「…俺、お前のことが好きなんだ。ほんとは自分でお菓子作れるところも、掃除が苦手なところも、さみしがり屋で、貰ったものを大切にするところも」
そう伝えながら、唇にキスをする。
よく考えれば、汰絽の唇がすごく冷たいことに気付く。
自分の体温を移すように、汰絽の唇に自分の唇を何度も重ねた。
「ん…、んん…」
「キス、してほしかったんだろ、お前」
「え…?」
「いつも、俺の唇見てたこと知ってんだぞ」
「…っ、」
「あー…、可愛いな、くっそ…、可愛い」
汰絽を強く抱きしめて、耳元にキスをする。
それから返事はまだいいから、と伝え、何度もキスをした。
汰絽の身体が小刻みに震えてることがわかる。
泣いているのか、と顔をのぞきこめば、ぽたぽたと涙をこぼしていた。
「ローズヒップティー淹れてくる」
ぽんぽんと頭を撫でて、風太は厨房へ向かった。
冷蔵庫を開くと奥の方に小さな銀色のトレイがあり、それを引いてみるとそこには輸血パックがある。
ああ、祖父はこれをいつも用意してたりしたのか、と思いながら、風太は冷蔵庫を閉めた。
ローズヒップティーを淹れて、大広間に入ると汰絽はブランケットに包まって座っている。
寒いのか、と問いかけると、首を振りながら風太からマグカップを受け取った。
「…血、飲まなくていいのか」
「飲みたい…でも…」
「いいよ。これに混ぜるか?」
「うん…、なんでわかったんですか?」
「なんとなく。取ってくるから、待ってな」
こくりと頷いたのを確認してから、厨房の冷蔵庫から輸血パックを取りだし大広間に戻る。
トレイをテーブルに置き、マグカップを汰絽から受け取った。
「少し冷えるかもしれない」
「大丈夫…」
汰絽の答えを聞いてから、風太は輸血パックを開け、ローズヒップティーに混ぜた。
それを渡すと汰絽が風太をうかがうようにしながら、マグカップに口をつける。
「そんな不安に思うな。俺は傍にいる」
そう伝えながら、ティーポットの中に血液を混ぜた。
汰絽がマグカップを置いたのを見て、そっと手を握る。
「普通の食べ物は食べれるのか、食べてたけれど」
「食べれる。でも栄養にならない。味を味わうだけです」
「そうなんだ。カーテンを開けないのは、日に当たることが出来ないからか?」
こくりと頷いた汰絽にああ、と答える。
汰絽の手はやっぱり冷たくて、それでも愛おしくてたまらなかった。
そっとその手を持ち上げて口づける。
「俺は、ずっとここに来るし、お前の傍にずっといる」
「…ずっとなんて、できない」
「俺の方が、やっぱり先に死ぬんだよな?」
「僕は長生きするから…」
「…そうか。今は、今だけのことを考えないか?」
「今だけ?」
不安そうに風太の顔を見る汰絽の頬にキスを送る。
それからそう、今だけと甘く囁き、汰絽の唇に口づけた。
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