不器用なヴァンパイア*-4-

汰絽が珍しく風太がきても起きなかった。
目を覚ます気配は全くなく、大広間のソファーで風太がプレゼントしたブランケットに包まり眠っている。
まるで生きていないようなその姿にぞくりとして、風太は汰絽の口元に手を運んだ。


「…っ、おい、」

手にあたるはずの風を感じない。
焦って汰絽の肩をゆすると、ううん、と気の抜けた声が聞こえた。


「…ごめんなさい、すごく眠くて…、えっと、お掃除頼んでもいいですか」

「ああ、…お前、」

「ごめんなさい、…もう…」

かっくりとソファーに倒れこんだ汰絽に不安になりながら、風太はわかったと返事をした。
今日は雨が降っていて、太陽が出ていない。
庭の手入れも少し薔薇を摘むだけで終わった。
汰絽のために魔法瓶にローズヒップティーを淹れ、テーブルに置いてから風太は二階へ向かう。

まずは一部屋一部屋掃除をしていき、最後に廊下をしてから一階は窓枠の掃除をしようと準備する。
汰絽がどの部屋を使っているかは知らないが、最後の一部屋を残し生活感がある部屋はなかった。
掃除用具を片手に扉を開くと、鉄のにおいがしてきて、眉間にしわを寄せる。
この部屋はどの部屋よりも暗く、ベッドの上の布団も乱雑になっていて、脱ぎ捨てられたYシャツが目に入った。
染みがついているな、と思いながらそれを手に取るが、部屋の暗さでそれが何の染みかがわからない。
ウエストポーチから懐中電灯を取り出し、高い位置にふたつ置いた。
部屋がようやく明るくなり、その染みがなんなのか明らかになる。
鉄のにおいの正体もその染みを見て明らかになった。


「…血? あいつケガなんてしてなかったよな? …じゃあ、これは…」

部屋の奥に進むと、黒いベッドの上に大量の輸血パックが置いてあるのがわかる。
それには二つの小さな穴が開いていて、首を傾げた。
ウエストポーチからごみ袋を取り出して、大量の輸血パックをごみ袋に入れる。


「…あー…、そういうことか」

汰絽の正体に気付いてしまった。
今までのことを総じて、今まで自分が培ってきたホラー映画の知識と照らし合わせる。
思ったより怖いと思うことがない。
それはここ二か月、汰絽と過ごし、あの小さなのが愛おしいと思ってしまったせいか、それか自分の恐怖感覚が狂っているのかはわからない。
けれど、とにかく自分は、あの小さな生き物を愛してしまったのだ。


「…、このYシャツ、もう着れないな。早く出してくれればなんとかなったものの」

そう呟きながら、風太はこの真っ暗な部屋を片付けた。

大広間に戻ると、汰絽はまだ眠っていた。
眠るのか、と思いながら、汰絽の前にしゃがむ。
白い頬や真っ赤な唇。
時折細められる深緑の瞳。
蜂蜜色の長い髪。
どれもどれもが愛おしい。
たとえ、汰絽がどんな存在だったとしても。


「まだ起きないのかー?」

白い頬を指先で突く。
あまりの柔らかさに笑みが零れた。

掃除が終わったのはもう夜の八時を時計が差していて、いつもより遅くなった。
汰絽はまだ眠っていて、魔法瓶の中のローズヒップティーは少しだけ冷めている。
今日は泊まってしまおうそう思い、ふわふわのカーペットに腰をおろし、ソファーに背中を預けた。
夜のうちは勝手にカーテンが開くのか、カーテンはいつの間にか開かれていた。
月はない。今夜は新月のようだ。
星の明かりだけが煌々と輝いている。


「明日、聞くからな」

そう呟いて、目を閉じる。
思ったよりも疲れているようで、目を閉じたらそのまま意識が遠のいていった。
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