不器用なヴァンパイア*-3-

「こんばんは、汰絽君。おや、こちらは?」

ノッカーがなるといつも通り扉が開いて、汰絽の後ろをついていく。
滑らかで聞きやすい声が聞こえてきて、風太は屋敷に入ってきた男を見た。
着物を着た男は、和傘を畳むと傘立てに入れて、汰絽を軽く抱きしめる。
汰絽もそれにこたえるように背中に手を回し、男の耳に口付けた。


「東雲さん、こんばんは。こちらは先々月からお家の管理と僕のお世話をしてくださる春野風太さんです」

「こんばんは。春野です」

「こんばんは。…ふうん、春野風早の孫か」

ぶしつけな視線に少しだけ苛立ちながらも汰絽の後ろでしっかりと待つ。
雇われている身で嫉妬するなんて、もうそれこそ祖父に顔向けできない。
頭を下げてから、支度してきますと汰絽に告げ、その場を去った。
厨房に向かう途中汰絽と男に視線を移すと、汰絽は男に腰を抱かれ、嬉しそうに微笑んでいる。
Yシャツ姿はいつも通りで、誰にも見せたくない、という気持ちが沸き立ってしまいどうしようもない。
じじいすまない、と心の中で謝りながら、風太は厨房で焼き立てのアップルパイは切り分け客間に運んだ。

客間にはすでに汰絽と東雲が居て、同じソファーに腰を下ろしていた。
汰絽は風太からもらったブランケットを膝にかけていて、その点にはほっとする。
アップルパイをテーブルに置き、小皿にとりわけふたりの前に置いた。
それから汰絽に頼まれたローズヒップティーを淹れ、目の前に置く。


「いい香りだね」

「はい。…風太さんの淹れるローズヒップティーとってもおいしいんです。アップルパイもおいしいんですよ」

「へえ、汰絽君がほめるなんて珍しいね。風早の時は唸ってたのに」

「風早さんの淹れたのは甘さが足りなくて、あの方、ローズヒップティーだけは上手にいれられなくていつも困ってました」

林檎と薔薇は六十里家の家紋だ。
汰絽の持っている指輪にもその家紋が刻まれている。
祖父から聞いていたし、この家の主がアップルパイとローズヒップティーを好むことを聞いていたから、何度も練習した。
それはうまいだろうよ、と汰絽の口に運ばれるのを眺める。
それから、これが汰絽流の大事な人のもてなし方なのか、と思いながら、風太はその部屋を後にした。

厨房の片づけをしながら、予備で焼いたアップルパイを眺める。
これも切り分けて冷蔵しておくか、と思いペーパーで手を拭きアップルパイを切り分けた。
シナモンの甘い香りが漂い、汰絽を思い出す。
汰絽はいつもシナモンの香りがした。
まるでアップルパイが汰絽みたいな、変な気持ちになる。
アップルパイを一切れ、口に運ぶとシナモンの香りが漂い、リンゴの甘みが口に広がった。

「甘ぇ」

まるでいやらしいことをしているような気持ちになってしまい、風太は食べかけのアップルパイをラップに包みテーブルに置く。
客間で東雲と話している汰絽を思い浮かべると、嫉妬で胸が漕がれそうだった。
いつの間にか、こんなにも汰絽を深く思っていたことに気付いてしまった。


「くっそ、俺は中学生かよ」

思わずそう呟きながら、風太は洗い終わった皿や器具を片づけた。



「春野君」

厨房の片づけが終わり、厨房脇の食堂を拭き掃除しようと出たところで声をかけられ風太は振り返った。
客間にいるはずの東雲が扉に寄りかかって風太を見ている。


「汰絽君には手を出さないでね」

「…は?」

「君は、まるでこの家のドアノッカーのライオンのような目で汰絽君を見てるから」

「…」

東雲をにらみつけるように見つめてしまい、一度瞬きをする。
大人として、この男と対峙せねばならないと思い、次の言葉を待った。


「君のようにうら若き男に汰絽君を渡すのはいかがなものかと思うし、それに、君では汰絽君を傷つけることは出来ても幸せには出来ないからね」

「幸せに?」

「…いずれわかるさ。彼は隠そうとしないからね。ああ、アップルパイ、美味しかったよ。君の淹れたローズヒップティーは風早が淹れたものより美味しかった」

東雲は早口で言うと、食堂の扉を閉めた。
追いかけて扉を開くとそこには汰絽が待っていて、東雲の頬にキスをしている。
なんのキスだろうか、と思っていると汰絽はそのまま東雲を見送りに玄関へ向かっていった。
東雲の牽制も意味が分からずじまいで、いらだちが頂点に達する。
大きく舌うちをしながら、持っていた雑巾を叩きつけた。
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