不器用なヴァンパイア*-2-
「…汰絽」
「ん…」
大広間で寝ていた汰絽の傍により、肩をゆする。
訪問したことを告げてから、相変わらず白いYシャツ一枚の汰絽にブランケットをかけた。
「ん? これは…」
「プレゼント」
「あ、ありがとう…」
「いつもその恰好をしてるな、見てるこっちが寒くなりそうだ」
「そうですか? これ、あったかいです。ありがとう、風太さん」
膝をついていた風太の頬にそっと口づけを送り微笑む。
かれこれもうこの屋敷に通い始め二か月が経つ。
最初こそは白い艶めかしい足とか、真っ赤な唇に魅了されくらくら来そうだったが、最近は理性を総動員させることで気にならなくなってきた。
午前中は庭で薔薇の手入れとリンゴの木の剪定をして、午後からは屋敷の掃除と食事を作り、汰絽の相手をするのが日課になり始めた。
休みは日曜のみだけれど、それでもこの仕事はとても楽しいしやりがいがある。
「汰絽が欲しがっていたチョコレート。アレ、来週あたりに届くから」
「本当ですか? うれしい」
首を引かれ、チュッチュッ、と幼稚園児がするようなキスが頬に送られる。
これはこの屋敷に来てから二週間頃から始まった。
このキスは、お礼。
そうわかっていても、やけに欲が煽られてしまい、風太はきつくこぶしを握る。
中学生の頃に下半身だけ戻ったような気になってしまう。
身体を起こした汰絽はブランケットで身体をつつみ、ソファーに座る。
少しだけ開かれた白い足の間に手を差し込みたくなり、風太は掃除してくるな、と告げた。
「…すげぇ、生殺しだな」
思わず呟きながら、ウエストポーチから掃除用具の入った部屋のカギを取り出した。
この屋敷は昼間は基本的にカーテンが閉められている。
大きな遮光カーテンはかたくなに開こうとしない。
ろうそくは勝手につくし、扉も勝手に開く。
最初こそは何か仕掛けられているのかと考えていた物の、どんなに調べても普通のろうそくだし普通の扉だった。
それに、汰絽自身にも疑問がある。
祖父の若いころのことを鮮明に知っているところや、昼間は大広間で必ず眠っていること。
起きるのは風太が午後の部屋掃除を始めるか、食事を作るころ。
いろいろ考えた結果、汰絽は人間ではないのではないか、という結論に至った。
それを問い詰めるつもりもないし、自分に害があるとは到底思えない。
風太は今の関係を壊すつもりがないから、黙っていようと口をつぐんだ。
「風太さん」
後ろから声をかけられ、風太は脚立から飛び降りた。
すぐに汰絽に近づき、目線を合わせる。
白く柔らかな頬を撫でると、汰絽は猫のように目を細めた。
「…お客さんが来るので、客間にお茶を用意してくれますか?」
「あぁ。どれくらいで来る?」
「んーと…日が沈んだら…ですから、今の時期だと八時頃でしょうか」
「そうだな。それまでに準備する。食事はどうする?」
「今日は食事はいいです。…アップルパイを作っていただけますか?」
「ああ。わかった」
そう返事をすると、汰絽は風太の肩に手を置き、お礼のキスを送ってくる。
返事をするように腰を抱いてやると、汰絽は嬉しそうに笑い、もう一度キスをくれた。
「客ってどんな人」
「んー…、優しくて、背が高くて、お父さんみたいな人です。ああ、多分風太さんも知ってますよ? 一財閥の総取締役さんですから」
「…あー、よくテレビ…え?」
「僕の家は六十里と言いまして、一さんの分家のものなのです。一さん、昔から僕のことをよくしてくれて、週一くらいで様子を見に来てくださるんです」
嬉しそうに笑う汰絽に風太は驚きを隠せずじっくりと表情をうかがった。
汰絽はにこにこしたままで、こっそりため息をつきながら厨房へ向かう。
厨房にもついてくるのか、汰絽は風太の後ろを楽しそうに歩いた。
「お前、厨房に来るの好きだよな」
「はい。風太さんの作るもの、とてもおいしそうですし、綺麗ですから」
「そ?」
「あと、作ってる時もとてもかっこいいです」
後ろで手を組んで、ふふんと胸を張った汰絽に思わず笑う。
可愛いなぁ、と頭を撫でると、汰絽の瞳が猫のように細くなった気がした。
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