ハッピーバースディ、マイダーリン。前夜-3-
チャイムの音で目が覚めた。
夕飯は食べに行こう、とメールが来たため、うたたねをしてしまっていた。
急いで玄関へ駆けつけると、風太が丁度靴を脱ぎ始めている。
「おかえりなさい」
「ただいま。…寝てたな」
「ちょっとだけ」
呆れたように笑った風太が体をあげて、汰絽の頭を撫でた。
昔から変わらない手つきに、ほっとする。
風太の持っていた鞄を受け取って、リビングへ向かった。
「着替えて来るまで待ってて」
「はい。どこに行くんですか?」
「ラーメン」
「ラーメン、いいですね」
そう返事をすると、風太が嬉しそうにだろ、と笑った。
自室に向かってリビングを出て行った姿に汰絽も小さく笑う。
むくには申し訳ないけれど、たまにはふたりきり、というのも新鮮でいい。
まるでデートに行く女の子のようだ、と恥ずかしくなって、咳払いした。
「あ…、デート、かな」
そう呟くのと同時にリビングの扉が開いて、びくりとした。
ラフな格好になった風太は、車のカギをクルクルとまわしながら汰絽を呼ぶ。
財布と鍵だけを持った様子を見て、笑わずにはいられなかった。
「さっき何で笑ったんだよ」
「…内緒です」
「ふうん。ま、いいけど」
「珍しいですね。問い詰めてこないの」
「別にー」
くすくすと笑う風太の様子に、首をかしげながらシートベルトを締める。
少し薄暗くなった空を見ながら、車が動くのを感じた。
風太は運転している最中、音楽を流さない。
しんとした車内、汰絽は窓を少しだけ開けた。
「ラーメン食べたらドライブするけど、なんかやることあるか?」
「いいえ」
「そうか。これから行くとこ、醤油がうまいらしいぞ」
「醤油…、僕醤油ラーメン好きです」
「知ってる。俺も醤油が好き」
「お揃いですね」
そう言って笑いかけると、風太は照れたのか、右手で口元を隠して肘をついた。
ふたりの乗る車しか通らない道。
車に揺られて着いたのは、アットホームな雰囲気の店だった。
「醤油ラーメンふたつ」
カウンター席に座るなり注文して、出されたお冷を口にする。
お手拭きで手を拭いてから、風太をちらりと盗み見た。
27歳にしては、少しだけ大人びて見えるかもしれない。
涼やかな目元を見て、小さく笑った。
膝の上に手を置いて待っていると、風太の手が手の甲に触れる。
やわやわと撫でられて擽ったい。
「風太さん、明日は何の日か知ってますか?」
「ん? あー…、こどもの日?」
「そうですが、もうひとつ大事な日でもあります。さて何の日でしょう」
「大事な日?」
時刻は午後7時。
もう5月なのに、日が沈むのが早いな。
汰絽はそんなことを考えながら、風太の言葉を待った。
「わかんねぇ」
「えー?」
「降参。教えろ」
「やだなー、風太さんってば。…明日は、誰かさんの誕生日ですよ?」
やっぱり、忘れていて苦笑してしまう。
偉そうに降参してきた風太に、ヒントを出してあげた。
汰絽のヒントに気づいた風太は、ああと声をあげる。
「お待たせしました」
丁度いいタイミングで醤油ラーメンがふたりの前に置かれる。
湯気がもくもくと上がっていて、ほお、と息をついた。
目の前の箸箱から箸を取り出して風太に手渡す。
「いただきます」
挨拶をしてから、ラーメンをすする。
薄すぎず、濃すぎない。
程よい汁の味にほっと息をついてしまった。
「うまいな」
「はい。美味しいです」
「明日」
「はい」
「俺の誕生日か」
風太の方を向くと、優しい顔をした風太がいた。
ラーメンを持ち上げていた手を止めて、まっすぐに見つめ返す。
「正解です。そんな風太さんにはご褒美をあげましょう」
そう言いながら、ラーメンを下ろして、チャーシューを1枚、箸でつかむ。
汁が垂れないようにラーメンの皿ごと近づけて風太の皿に乗せた。
「はは、サンキュ」
嬉しそうに笑った風太に、汰絽も小さく笑う。
ラーメンを自分の方へ近づけて、食べるのを再開させた。
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