背伸び
追いつかない彼の唇へ、背伸びをした。
帰り道、辺りが暗くなってきて、汰絽は溜息をついた。
マンションへむかう道は暗く、人通りも少ない。
昨日、風太に付きあわされて見たホラー映画を思い出した。
その所為もあって、足取りは早くなる。
「最悪」
思わずついた悪態も低い声になった。
マンションに着いてリビングヘむかう。
けれどそこは誰もいなくて、肌寒い。
汰絽が学校を終えて家に帰れば、大学から帰宅した風太も家にいるはずなのにまったく気配がない。
背筋を悪感が走り、汰絽は小さく風太を呼んだ。
カタンっ
「ひィっ!!」
風太の部屋のほうから、物音が聞こえる。
思わずあげた悲鳴に口元を押さえながらも、汰絽は風太の部屋へ向かった。
そっと扉の音をたてないように開ければ、部屋の中は明かりがついている。
けれど、中には風太の姿がなかった。
「…」
部屋に入り、辺りを見渡してみると、写真立てが落ちていた。
さっきのはこれか、とほっと息をついて、写真立てを拾い上げ写真をみる。
そこに写っていたのは、風太が高校を卒業した時に、風斗の病室で撮った写真だった。
少しだけ埃を被っていて、汰絽はその埃を指先でなぞる。
懐かしい思い出に小さく笑った。
「ん? 汰絽、帰ってたのか」
「っひゃっ、…風太さん、いたんですね。部屋にいないから…」
「ああ、便所にいた。てか、ひゃってなんだよ。ひゃって」
「びっくりしたんですっ。リビングだれもいないし、部屋にもいないし…」
急にかけられた声におどろきながら、汰絽は振り返った。
そこには部屋着姿の風太がいる。
心細くなっていたところで、思わず責めるような声色になった。
「昨日見たホラーでも思いだしたのか?」
「…」
「真っ赤だな、おい。あ、むくは?」
「むくは、昨日からゆうちゃんの家お泊りです。昨日お小遣いあげてたじゃないですか」
「そうだったな」
「20代で、認知症とかやですからね」
「ちょっと疲れてたんだよ。飯は?」
「今から作ります」
「キッチン、ついていこうか?」
「…う」
「素直に甘えておけって。ほら、行くぞ」
風太に背中を押され、キッチンヘむかった。
むくがいないため、静かなキッチン。
汰絽は冷蔵庫を開いた。
「夕飯何がいいですか?」
「んー? 軽いのでいいよ。終ったらイチャイチャしよーぜ」
「イチャイチャって…じゃあ、軽いのでいいんですね」
「おう。早くな、ハニー」
「わかりました。ダーリン」
「ノリがいいな」
汰絽の後ろ姿を眺めながら、携帯を開いた風太はかしゃり、と音を鳴らした。
ばっと振り返った汰絽はじとっと風太をみつめる。
にやりと笑った風太に汰絽は携帯をとろうとじりじりと距離を縮めた。
「今度の待ち受けはエプロンだな」
「うー!!」
「お、とれるもんならとってみな」
風太は手を上に上げてにやにやと笑う。
もちろん、背があまり伸びていない汰絽には、身長の差で届くわけもなく、ジャンプするだけで終った。
ぐっと爪先立ちして手を伸ばす。
「まだまだ、届きそうもねえな」
風太がそう言うのが耳元で聞こえ、汰絽は顔を赤くする。
それから、その言葉の後に唇が微かに触れあい、汰絽はなおさら顔を赤くする。
「あ、あああ!!」
「なんだよ」
「たまには、っていうか、ずるい、背伸びしなきゃ、とどかないなんて」
風太が笑うのがみえて、汰絽は少しだけむすっとした顔になるのが自分でもわかった。
背伸びで届く、唇へ
end
[prev] [next]
戻る