秘密

「次からは、俺が取るから」

そう有岬に告げる。
井上から少し離れた位置にいる有岬はこくりと頷いた。
有岬の頭を撫でようと伸ばした手。
その手を取って有岬は裏返した。
大きな手のひら。
そこに、ゆっくりと“あ・り・が・と・う”と文字を書く。


「いいえ」

そう言って笑い返すと、有岬はかぁ…と頬を赤く染めた。
真っ赤な頬を見て、井上は有岬の顔を見る。


「顔、赤いぞ。…どうした? …まさか…」

急に近くなった井上の顔に、有岬はぎゅっと目を瞑る。
こつん、と、ふたりの額がくっつく。


「んー…熱はないな」

熱…
大きな勘違いをした有岬。
自分の間違えが恥ずかしくなって、有岬は井上の裾を引っ張って机のもとに戻った。



「うさ…、帰るぞ」

あの気恥ずかしい時間から数時間後。
周の声が聞こえてきた。
鞄に借りた本を入れ、井上に手を振る。
井上もひらひらと手を振り返してくれて、有岬は小さく笑った。


「楽しかったか」

有岬の満面の笑みと大きな頷き。
満足そうなその様子に、周は良かった、と微笑んだ。


「そう言えば…やけに顔赤いけど」

びくっと隣の有岬の体が揺れる。
どうしたのか、ぎくしゃくした有岬に、じっと赤い顔を見つめた。


「井上か」

妙に確信めいた言い方に、有岬はまた頬を赤く染める。
まだ顔赤かった、と聞かれ頷いた。


「何があった?」

“内緒”

「ふうん。うさが俺に内緒ね」

“先生と僕の…僕だけの秘密なのっ”

いそいそと動く手が面白く、有岬にばれない様に口元を押さえ笑う。
そんな周に有岬は気づいたのか、きゅっと周の手の甲をひねった。


「はいはい。俺は聞かなかったことにする」

“それでいいの”

「…今日は野菜スープだぞ」

“ニンジンは抜きにして”

眉を下げた有岬に、周はもう一度小さく笑った。


僕と先生 end
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