先生と僕

「先生っ、今日は遊ばないのーっ?」

ひときわ小さな生徒が駆け寄ってきて、井上は小さく微笑んだ。
ふわふわの髪の毛を整えてやり、同じ視線までしゃがみこむ。


「今日は、俺の大好きな人の誕生日なんだ。早く帰るよ」

「そっかぁー。ばいばいっ、せんせい」

ばいばいと大きく手を振る生徒に手を振り返しながら、井上は最近買い換えた車の元へ向かった。
車に乗って、携帯を開く。
有岬の番号を開き、井上は電話をかけた。


「図書館にいるよな」

はいはふたつね。
再会した時の約束。
コツコツとなる電話口に微笑んで、待っててと囁く。
電話先でこくこくと頷いている様子が目に浮かび、井上はエンジンをかけた。



10分ほど車を走らせたところ、目的地にたどり着いた。
小さな駐車場に車を止めて、歩く。

公園の中に入り、奥のほうへ進むと、手作り感のあるブランコが目に入った。
そのブランコに揺られるようにしている、姿が目に入り、井上は笑う。
音をたてないように近づいて、井上は後から抱きしめた。


「ただいま」

抱きしめた時、驚いたように体をすくませた有岬に囁く。
そっと耳裏に口付けて、有岬の前に移る。
もう一度、ただいま、と囁いて、有岬の額に口付けた。


“お帰りなさい”

嬉しそうに笑う有岬に軽くキスする。
唇を離すと、今度は有岬から軽いキスを貰った。

再会してから1年、有岬は成長した。
少し背が伸びて、かわいらしさは残っているが、綺麗になった。


“周と一緒に図書館にいたの。周、ちゃんとお仕事してた”

「そうか。沖田はまじめだからな」

井上の言葉に有岬は笑う。
ふたりは手を握り、立ち上がった。


「有岬、今の生活は楽しい?」

“楽しい。先生の隣は幸せ”

満面の笑みを浮かべ、井上の手を引く。
井上はそんな有岬に微笑みながら、ふたりは車へ向かった。

家について、車から降りると、井上があ、と声を漏らした。
どうしたの、と首をかしげると、井上が笑う。


「今日は、丘に行こうと思ってたんだ」

“あ、なら午前中にお菓子作ったから、持っていきたいな”

「あぁ。どこにある? とってくるから自転車出しておいて」

“うん。待ってる”

自転車を一台出して、井上を待つ。
井上はすぐに出てきて、バケットを自転車のかごに入れた。
井上が乗ってから、有岬は荷台にちょこんと腰をかける。


「…じゃあ、しっかりつかまってて」

井上の声に有岬は頷いて、背中に抱きついた。



「おっ、桜が咲いたなぁ」

嬉しそうな声に、有岬は微笑んだ。
シートを敷いて座れば、井上も隣に腰をかけた。
バケットの中から、焼き菓子をとる。
魔法瓶に入れた紅茶をコップに注ぎ、有岬は口に運んだ。


「…紅茶、入れるのうまくなったね」

“そうかな、良かった”

「ああ。お菓子もおいしいし」

“料理はまだ上手にならないけど”

有岬が笑うのを見て、井上も同じように笑った。
ふわりと風が吹いて、思わず空を見上げる。


「良かった。有岬と、こうなれて」

隣で井上がそう呟くのを聞いて、有岬は頷いた。
それから、有岬はそっと井上の頬に口付ける。


「…本当に、良かった」

有岬が微笑むのを見て、井上は初めてみたときの有岬の面影を感じた。
もう一度空を見上げて手を繋ぐ。

先生、僕は、ずっと先生のことを好きだったんだよ。
心の中でそう呟いて、有岬は隣に座る井上の肩に頭を乗せた。


“先生と僕と…、ふたりで幸せに”

白い雲が浮かんで流れて行った。


先生と僕 end
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