春先

夜月の示した場所に着くと、井上は思わず息を飲んだ。
想像していたよりもずっと、豪華な邸宅。
車から降りて、チャイムを押す。


「井上です」

『早かったですね。今開けます』

車も中に入れてください、と言われ、門が開いてから、井上は車に乗った。
車庫が目に入り、そこに駐車する。
玄関へ向かうと、玄関の扉がすぐに開かれた。


「…だいぶお変わりになられたようですね」

扉を開けたのは夜月だった。
だいぶ痩せたようで、もともと美形だった上に拍車がかかった。
思わず声が出せないでいると、夜月は軽く笑う。


「…有岬にとって、何が正しいのかわからなくなった」

「…」

「それでも、あなたと過ごせたら何か変わるんじゃないか…。そう思い始めた」

「…夜月さん…」

「だから、あなたをお呼びした。あなたになら、任せられる、と」

夜月の言葉に井上は深く頭を下げた。
それから、2年前に電話を貰った時から伝えようと思っていた言葉を口にする。


「…教師という立場で居ながら、有岬を好きになりました。…すみません」

頭を下げた井上に、夜月は苦笑した。
それから、有岬なら、丘にいます、と呟く。
あそこの、と指さした夜月の指先へ視線を向けると、小さな丘が目に入った。


「ありがとうございますっ」

大きく礼を告げ、井上は駆けだした。


息が切れるくらい早く走る。
丘をかけ登ると、目に入ってきたのは、ちらちらと降ってきた雪だった。
桜のつぼみが目に入り、春が近づいてきたんだ、と息を飲む。
視線を下ろしていくと、桜色のブランケットに包まった小さな体が目に入った。


「有岬…」

愛しくて、恋しくて仕方なかった名前を呼ぶ。
そっと隣に腰をおろせば、ふわりと髪が揺れた。
ブランケットを軽く剥ぐと、有岬の手に井上とおそろいのぬいぐるみが握られているのが見える。

そっとそのぬいぐるみを撫で、有岬の頬をなでる。
柔らかな頬が、いとおしくて仕方がない。
思わず笑みを浮かべてしまい、井上は咳払いした。
それから、有岬の頬にそっと口付ける。

ふるふるとまつげが震えるのが見えて、井上は微笑んだ。


「有岬、起きて」
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