僕の特等席
「まだここにいる?」
本を片手に持って問いかけてくる低い声。
こてんと首を傾げると、まだ時間あるけれど図書室にいるか、と聞きなおした。
小さく頷いて答えると井上が嬉しそうにそうか、と呟いた。
「桃千、俺もここにいてもいいか?」
井上の問いかけにぱあ、と有岬の表情が明るくなった。
屈託のない笑みに思わず笑うと、有岬はあそこに座る、と窓から入る日差しが当たる所を指さす。
よし、と声を出した井上が歩きだして、有岬も後に続いた。
座り心地のい椅子と穏やかな日差しが心地よい。
「桃千はどんな本を読んでんの?」
可愛らしい桃色のカバーを見ながら尋ねた。
少しだけ恥ずかしそうにそっとその本の表紙を見せる。
桃色のカバーにふわふわの白い雲とか、黄色のきらきらの星とか、可愛らしいものでデザインされている表紙。
なんとなく有岬のふわふわとした雰囲気に似合っているな、と井上は思う。
「可愛い表紙だな。面白い?」
こくこくと何度も頷く有岬に、井上は思わず小さく笑ってしまった。
この本、好きなんだな。
そう尋ねると、もう一度大きく頷いた。
「いつもここにいるか? …聞いてばかりで悪いな」
井上の言葉に、有岬はふるふると首を振り、本を開いた。
その本の中の文字を指さし、井上に見せる。
“体育の時と、放課後…。図書当番のとき”
「そうなのか。…今度から、桃千が居る時、来てもいいか?」
一瞬大きく目を開き、驚いた表情をした有岬はこくりと頷いた。
それから嬉しそうに細い指先が文字を指さす。
“化学の本好きですか?”
「ん? 好きだよ。あまり読まないんだけど、化学の本はよく読む」
“化学、先生に教えてもらってから、好きになった”
「苦手だったの?」
“少しだけ”
少し照れたように指をさす有岬に井上は小さく笑う。
優しい笑い声が耳に入り、有岬も笑った。
―…先生、とっても優しい。
心の中で頷いて、井上を見つめる。
「桃千が化学をもっと好きになれるように俺が教えてあげようか?」
“いいんですか?”
「いいよ。桃千みたいな素直な子に教えるのは楽しいから。教えがいもありそうだし」
“じゃあ、お願いします”
「お願いされました」
井上がぽんぽん、と有岬の頭をなでる。
その大きな手のぬくもりを心地よく思いながら、有岬はそっと目を細めた。
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