希望
「有岬に…、お願いします。有岬にあわせてください…」
『何度かけても変わりません』
「お願いです…夜月さん」
夜月の冷たい声に井上は目を瞑った。
頭に手を当て、お願いします、と続ける。
『状況は連絡します。だが、会わせることはできない』
どうにもならないことに苛立ち、拳を壁に叩きつける。
その音が聞こえたのか、夜月が小さく言葉を漏らした。
『…ようやく、少しずつ回復してきたんだ…』
思わず小さく呻き声が漏れる。
「また…」
と、小さく声を絞り出して、井上は通話を切った。
やけに目が覚める。
ベッドの中から見える窓に、浮かぶ月がきらきらと光を放っている。
綺麗だな、と手を伸ばした。
有岬はベッドの中で寝返りを打ち、体を起こした。
目は冴えて、喉が乾いている。
そっとベッドから降り、有岬は部屋を出た。
部屋から出て、壁伝いに歩く。
途中見えるのはきらきらと光る月だけだった。
ふいに、兄の部屋に視線をずらすと、光が部屋から漏れていた。
音が立たないように扉を開いてみると、夜月は携帯を耳にあてている。
「…会わせることはできない…」
不意に聞こえてきた言葉に、有岬は口元を押さえた。
何とも言えない気持ちになって、目を瞑る。
「…井上さん、もう諦めてください」
夜月の言葉に有岬は思わずドアを押した。
突然開いたドアに気付き、夜月は有岬のほうに視線をずらす。
「…入ってきなさい」
夜月の言葉の通り、有岬は部屋に入っていた。
近づいてきた有岬の頬を撫でる。
やわらかな頬に、夜月は微笑んだ。
「どうしてまだ寝てない?」
夜月は有岬の頭を撫でて、有岬の小さな体を抱き上げた。
“お兄ちゃん、先生と電話してた。先生に会いたい”
有岬の指先が伝えてくる言葉に、夜月は口を噤んだ。
駄目だ…押し殺したような声が耳に入る。
有岬はきゅっと目を瞑った。
どうして、と唇が震える。
「もう寝なさい」
夜月がそっと耳元で囁く。
急に体から力が抜け、有岬は自分が疲れていたことに気付いた。
「ほら、疲れているんだ。今日は一緒に寝てあげよう」
そっとベッドに下ろされて、有岬は目を瞑った。
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