温かい
有岬と別れてから、季節がすぎて、春が訪れた。
すでに夏に近づいているのが肌に感じる。
まだ、暑さにはなれずに、井上は窓の外を眺めた。
あの学園を退職して、小学校の教師になって、すでに1か月が経っていた。
「先生、ここどうやるの?」
小さな幼い声が聞こえた。
手を引かれ、先生、と問いかけられる。
「ん? どうした?」
「先生…どうしたの? どうしてそんな悲しい顔をしているの? 寂しいの?」
不安そうな顔をした子の頭をそっと撫でる。
どこか有岬に似たようなその髪質に思わず笑った。
「大丈夫。ほら、どこがわからないんだ?」
今度は優しく微笑み、プリントを受け取った。
問いかけに答え、井上は窓の外を見る。
少し曇った空はどこか悲しく思えた。
学校を終えてマンションに帰る。
そんな生活をしていた井上の部屋は荒れていた。
物は散乱し、ビールの瓶が転がっている。
「…だいぶ汚れたな」
散乱した部屋を眺め、落ちていたビール瓶を拾う。
少し部屋を片付けようと、井上はビール瓶をキッチンへ運んだ。
大まかに片付いた頃、井上はディスクの上に広がるクリーム色の封筒に目を向けた。
椅子を腰をかけ、封筒の中身を広げる。
手紙の中の有岬はいつも具合を悪くしていた。
それでもときどき元気がいい時は、穏やかに過ごしていると聞く。
それが嬉しかった。
郵便受けがカタカタと音を立てるのを聞いて、井上は玄関へ向かった。
手紙を取り出すと、桃千夜月の名前がある。
「…?」
手紙の中には、また写真が入っていた。
その写真は、木の根もとに置いたブランケットの上で眠る有岬の写真。
「痩せたな…」
指先で写真をなぞる。
有岬の手元にぬいぐるみが写っていて、井上ははっとした。
すぐにディスクに置いてある携帯を取り、ボタンを押した。
先生 end
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