謝罪

「生島…」

図書室の一角。
有岬と井上の思い出の場所であるテーブルに、光はいた。
井上の姿に光が微笑みながら、首をかしげた。


「…先生…?」

無表情に…、どこか怒りを携えたような井上の表情。
張りつめた空気が漂い、光はどういう事態なのか悟った。
その瞬間鼻の奥がツンとしてきて、目が潤む。
大嫌いな、大嫌いな顔が浮かんできて、言葉が飛び出してきた。


「先生が、あいつばかりかまうから…!!」

光の言葉に、井上はああ、と声を漏らした。
自分が悪かったのか。
自分のせいで、有岬が辛い目にあったのか。
そう理解させる言葉で、井上はぐっと息をのみこんだ。
それから光の肩に触れると、光は井上の手を払う。
払われた手をそっと下ろした。


「…先生は、あいつのことが好きなんでしょ、俺は、先生のことが…っ」

「俺は…、俺は生徒をそういうふうに見ない。…ましてや、人を傷つけるような奴は」

光を軽く押しのける。
深く傷ついたような表情をした光が見えたが声は駆けなかった。
井上は乱暴に図書室の扉を開き、化学室へ向かった。

化学準備室に入ると、井上はすぐに鍵を閉めた。
テーブルの脇のカーテンを閉めて、安い椅子に腰をかける。
それからテーブルに肘をつき、項垂れた。


「俺のせい…で、有岬が…」

机に項垂れていると目頭が熱くなってきた。
大人になった今でも、涙が出るもんなんだな、と呟く。
かすかに笑うと、井上は今更自分の気持ちに気付いた。


(あぁ…、俺は有岬のことが、好きなのか…)

涙が止まらなくて、井上は強く机を叩いた。
どん、と大きな音がして、机の上に置いてあった携帯が落ちる。
ゆっくりとそれを拾い上げ、井上はもう一度目を瞑った。
ひどいことを言ってしまった。
そう呟いた時にはもう遅い。


「すまない…」

誰にも聞こえないくらい小さな声で謝罪した。



図書室。
暗闇に染まる中、光は机に突っ伏していた。
ずきずきと心が痛み、息苦しい。


「…先生…」

先生、先生、と何度も呼ぶ。
そこには誰もいない。


「ごめんなさい、ごめんなさい」

光の謝罪は、誰にも届かなかった。
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