一番上の棚
一番最初に目についたのは真っ白な白衣。
ひらひらと白衣が舞うのを見て、有岬ははっとする。
有岬のクラスの副担の井上だ。
―…先生も本を読むのかな。
そう思いながら眺めていると、井上がぱっと顔を上げた。
目が合った。そう思っているうちに、井上が足を動かす。
井上が近づいてくるのが見えて、思わず本棚の陰に隠れてしまった。
ドキドキと心臓が音を立てているのを感じる。
思ったよりも近いところで、隠れた有岬を笑う井上の声聞こえてきた。
だんだんと熱くなっていく頬を両手で頬を挟んだ。
「桃千、かくれんぼか?」
井上が有岬の隠れている本棚のすぐ傍で足をとめた。
それから楽しそうな声で有岬に問いかける。
隠れているのが恥ずかしくなった有岬はおずおずと井上の前に姿を露わした。
「見つけた。…今、体育?」
こくりと頷いた有岬の頭を大きな手がぽんぽん、と撫でた。
そっか、と低い声が聞こえてきて、ちらりと井上を見上げた。
銀縁の眼鏡の奥に、綺麗な形の目が見える。
静かな、大人の瞳だ。
じっと見つめていたら、温かい手のひらが有岬の黒髪をくしゃくしゃにした。
「本、いいのあった?」
井上の問いかけに、有岬は取れない位置に置いてある本を思い出した。
こくりと頷いてから、そっと井上の白衣を掴む。
そのまま井上をその棚へ導くように白衣を引っ張った。
ついっと一番上の棚にある本を指さすと、井上はああ、と呟いてその本を手に取った。
「この本?」
有岬の返事に井上は小さな手の上にハードカバーを乗せる。
求めていた本を受け取った有岬の嬉しそうな表情に、井上も軽く微笑む。
入学式に見た可愛らしい寝癖は今日はついていない。
ありがとう、と頭を下げた有岬の頭を見つめて、また先ほどと同じように撫でた。
「本を借りに来たんだけど、めったに図書室に来ないから場所が分からないんだ。教えてもらってもいいか?」
井上の頼みに、有岬は満面の笑みを浮かべた。
人から頼りにされることのない有岬には、井上の頼みがとてもうれしかった。
何度もこくこくと頷いて、井上の白衣を握る。
「ありがとう。…えっと、化学の本なんだけど…」
手帳を取り出して確認する井上をじっと観察した。
色素の薄い短い髪が日に透けていて綺麗に見える。
銀縁の眼鏡も井上のすっとした顔立ちに似合っていた。
最近読んだ恋愛小説の登場人物に似ている。
主人公が恋する相手で、有岬もとても大好きなキャラクター。
―…先生、格好いいな。
心の中でそっと呟いてみる。
すると井上が手帳から顔をあげて、有岬に視線を移した。
「…で、どこにあるかわかるか?」
急に現実に戻されこくりと大きく頷いた。
それから井上の白衣を引っ張り、その本のありかへ向かう。
図書委員の有岬にはたやすいことで本はすぐに見つかった。
細い指先で背表紙を撫でてから井上に本を手渡した。
「桃千、すごいな。俺が探してたのこの本だ。ありがとう」
井上の感心したような様子に、頬が真っ赤に染まるのを感じた。
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