零れる
廊下で有岬が蹲っているのが見え、周はすぐに発作止めを取り出して駆け寄った。
背中をさすって、発作止めを渡す。
カタカタと震える手をしっかりと握ってやれば、有岬の唇が震えた。
「大丈夫か? …うさ」
吸引して落ち着いたのか、有岬の胸元が緩やかに動く。
ひんやりとした廊下はどこか悲しい。
周は、俯いてしまった有岬に声をかける。
「うさ」
“せんせい”
唇がそう動くのが見えた。
ここにいない男の名前を呼んだ有岬は、目に大きい雫を浮かべる。
周は思わず唇を噛みしめた。
唇を噛みしめてもどうにもならない。
と、そっと力を抜く。
“…先生がいないなんて、いや”
小さく手が動かされて、周は唸るように呟く。
有岬のわがままなんてめったに聞けない。
けれど、それは叶えることのできないわがまま。
かなえてやりたい。けれども。
そんな思いが駆け巡り、どうにもならない気持ちになる。
「あれ以上あそこにいたら、お前、死んでしまうぞ…」
“それでも、そばに、いたかったのに”
ぼろぼろと涙が零れ初めて、周は有岬を抱きしめた。
そっと背中をさする。
「…俺だって…、夜月さんだって、いるじゃねえか…」
そっと胸に置かれた有岬の手に力が入る。
周を押して、ふらふらと立ちあがった。
細い頼りない有岬の背中を見て、周はこぶしを握り締める。
「…うさ、ごめん」
部屋に入れば、涙がひどく零れた。
ぼたぼたと落ちていく涙に、余計に悲しくなる。
ベッドに倒れこむ。
ふかふかのベッドが少しだけ救いだった。
ブランシュのぬいぐるみがある。
手を伸ばして、ぎゅっと胸に抱けば、井上の白衣を思い出した。
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