別れ
「うさ、今日は家で休む。…荷物まとめて」
そう告げると、周はすぐに自分の鞄を玄関に運んだ。
玄関には黒いスーツを着た男性がふたりいて、その鞄を運んで行く。
“どうしたの”
「いいから。これにまとめて。ブランシュは後でまとめて送るから」
“周、どうしたの?”
不思議そうに聞いてくる有岬に、周は苦しげに呻く。
それからすぐに手に持った大きな鞄を有岬に手渡す。
「…夜月さんのところに行く」
“そんな、どうして…”
「これ以上、有岬が具合悪くなったらあの人のほうが死んでしまいそうだから」
周が俯く。
その様子を見て、有岬も俯いた。
ぽろぽろと涙がこぼれ始める。
先生と一緒に居たい。
そう指で伝える。
「もう退学手続きは済ませてあるんだ。…うさ、わかってくれ」
小さな声が聞こえてきて、どうしようもない気持ちになる。
急に周がぎゅっと有岬を抱きしめてきた。
ごめん、ごめんと謝る周に、有岬は扉のほうへ視線を向ける。
扉から入ってきたのは夜月で、夜月は部屋に入るなり、有岬を抱き上げた。
「有岬、わがままを言わないでおくれ。お前のためだ」
夜月の低い声がそう呟く。
とんとん、と優しい手つきで背中を叩かれると、眠たくなってきた。
眠っちゃいけない、そう分かっているのに、最近の疲れからあらがうことができない。
暗くなっていく視界に有岬は、ぽたりと涙を零した。
目が覚めるとどこか見覚えのある天井が視界に入った。
痛む頭を押さえながらゆっくり体を起こす。
あたりを見渡すと、ここがどこだか気付いた。
幼いころによく遊びに来た別荘。
しんとした部屋が怖い。
ゆっくりと立ち上がり壁を伝い、部屋を出た。
廊下に出ると、部屋よりももっとしんとしていた。
誰かを呼びたくても、声が出せないから誰も呼べない。
ふらりと足元がおぼつかなくなって、有岬はその場に倒れこんだ。
呼吸がし難くなってきて、涙が浮かんできた。
苦しい。
ひゅっと喉が音を立てた。
放課後、職員会議の後。
井上は有岬のクラスの担任に話しかけられた。
「桃千さんと沖田さん、退学されたから、次からは…」
「え、桃千と、沖田が?」
「はい。…井上先生?」
急に、目の前が真っ暗になったような気がした。
有岬と沖田が退学をした。
そんなこと、聞いてない。
「…井上先生?」
「いえ、すみません。大丈夫です」
「そうですか。にしても、急ですよね…」
担任の話に相槌を打ちながら、井上は白衣の中の携帯を握りしめた。
[prev] [next]
戻る