大丈夫
呼び鈴が鳴り、周は洗い物を置き手をさっと洗った。
それから玄関に向かい、扉をあける。
開けた先には、井上がいた。
「…こんばんは」
「…こんばんは。先生が、珍しいですね」
「担任に見てこいって言われてね」
周の迷惑そうな表情に井上は思わず苦笑した。
それからすまない、と軽く頭を下げる。
「もう、寝たかもしれないんですけど」
「…悪いけど、様子だけ見させてくれ」
周は少し戸惑いつつも、井上を中に入れる。
有岬の部屋まで案内し、ドアを叩いた。
「うさ、部屋入るぞ」
そう声をかけると、中からカタカタと音がした。
どうやら有岬は起きているようで、井上はほっと息をつく。
周がドアを開け、無理させないでくださいね、と呟いた。
「有岬」
井上はベッドから顔を出している有岬に近づいた。
ベッドに腰をおろし、有岬が起き上がるのを手伝う。
驚いたように目をぱちぱちさせた有岬に、井上は笑みを浮かべた。
「大丈夫か? 調子悪いみたいだな」
額に垂れた髪をずらしてやると、有岬は井上の手を取って指先で文字を書く。
くすぐったさに少しだけ笑いながら、井上は有岬の文字を感じた。
“大丈夫、心配しないでください”
しっかりと描かれた文字に、井上は少し寂しそうな顔をする。
それからああ、と呟き、笑った。
「何かあったらすぐに言ってくれよ?」
そう囁き、有岬の頬に手を当てる。
少し熱っぽいのか、温かい。
ゆっくりと有岬が頷く。
“先生、あの”
かすかに感じた文字に、井上はどうした、と答える。
遠慮がちに続いた文字は、かわいらしいお願いだった。
“寝るまでそばにいてください”
「…あぁ。いいよ。子守唄でも歌おうか?」
小さく笑みを浮かべた有岬はふるふると首を横に振る。
井上は有岬に横になるように告げ、有岬の手を握った。
それからさらさらな髪を撫でる。
有岬は布団の端から、うれしそうに笑みを浮かべた。
「大丈夫。そばにいるからな」
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