すずしいところ
じわじわと太陽が照りつける、真夏日。
桃千有岬は医務室で校医の診察を受けていた。
体が弱い有岬は、いつもこうして医務室に厄介になっている。
医務室の窓から見えるグランドでは、有岬の級友達が楽しげにサッカーをしていた。
その様子を眺めていると、体温計を見ていた校医が有岬の顔を覗き込んだ。
「どうしたの? 具合悪い?」
ふるふると首を横に振って微笑む。
有岬の答えに校医はそっか、と優しい笑みを浮かべて頭を撫でてくれた。
ふわふわの黒髪が揺れて頬を擽り、校医の手を握ってくすぐったいと伝える。
“先生、新しい本見つけた?”
離すことができなくなってから身につけた手話で、校医に話しかける。
目の前に座っていた校医はじっと有岬の手の動きを見つめた。
「新しい本ね。あっ、そうだ。たしか、君恋の3巻が出たよ」
“本当?”
嬉しそうに動く有岬の手に、校医は軽く笑いながら本当、と答えた。
「うさちゃん、手話、上手になったね」
“毎日、周と練習してるの”
「じゃあ、周君も上手になったんだろうね」
“周は僕よりも上手だよ”
「そうなんだ。周君らしい」
楽しそうに笑みを零す有岬に、校医は今日の有岬の体調を書き込み始める。
体が弱く、話すことができない有岬にとっては大事な事。
毎日、放課後か体育の時間に医務室に来て体調を見てもらわなければならない。
有岬はこの時間が好きだ。
最初はグランドを駆け回る級友を羨ましく思った。
けれども、今ではここに来るのも楽しくなっている。
校医が気さくで有岬のことをとても気にかけてくれるから。
ついでに、有岬の好きな恋愛小説が、校医も好きで情報共有ができる。
だから、有岬は医務室と校医が好きだ。
「医務室に来るのは大変?」
“ううん。先生とお話しするの楽しいから、大丈夫”
「そう? そうならいいの。あ、君恋、図書室に入れてもらったから、行っておいで」
“ありがとう、行ってきます”
立ち上がって駆けだそうとする有岬を見て、校医はだめだよと後から声をかけた。
有岬はごめんなさい、と頭を下げて、図書室へ向かう。
図書室は、いつでも涼しい。
本の香りも、おひさまのぽかぽかした陽気も、涼しい環境も、有岬の居場所になる。
今日は司書が居ないようで、有岬は落胆した。
司書も有岬と好みがあって、よく本の話をしてくれる。
有岬は好きな本が置いてある棚に向かった。
しゃがんだり立ち上がったりしながら借りたい本を探す。
ふと、一番上に目線を上げると、有岬の求めていた本のタイトルが見えた。
身長の低い自分では届かない。
ましてや元男子校であるこの図書室には踏み台なんて置いてなかった。
今度司書さんにあったら、踏み台入れてもらおう…。
そう意気込んで、有岬は必至に手を伸ばした。
そんな有岬が本棚と苦戦している時、図書室の重い扉が音をたてた。
ぎぃ、となる音が聞こえ、背伸びをやめて本棚からそちらを覗いた。
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