発作
教室に入れば、クスクス笑う声が聞こえてくる。
しんっと冷たい気配がして、有岬は身震いした。
机を置いて、腰を下ろす。
周が舌打ちするのを聞いて、有岬はダメ、と腕を引いた。
「うさ…」
“大丈夫だから、座って。わからないところがあるの”
「あ…あぁ。わかったよ」
担任が入ってきて、有岬は来ちゃったね、と笑った。
その笑顔が周をやけに胸を苦しめて、苛む。
井上なら、もっと幸せそうな笑顔にさせてやれる。
そう思うと、胸が痛んだ。
「じゃあ、迎えまで…」
“うん。大丈夫だって。周は心配し過ぎ”
「うさ、俺は、お前が大事なんだよ」
“僕も周が大事”
にっこり笑って、図書室にはいっていく有岬を見て、周は口をつぐんだ。
「有岬」
井上が呼ぶ自分の名前に、有岬は笑みを浮かべて隣に腰をかけた。
優しく頭を撫でられる。
隣に座った有岬に、井上は本を渡した。
「新刊。キープしておいたの、司書の人から預かっておいた」
“ありがと、先生。楽しみにしてた”
「そうか、良かった」
そう言ってから、有岬が本を開くのを見て、自分も読みかけの本を開いた。
隣に有岬がいて、なぜか安心する自分に小さく笑う。
小さな文字に目を向けた。
数時間経って、井上は顔を上げた。
肌寒くなった図書室に、井上は有岬に声をかける。
返事がない。
「有岬…?」
はっとして隣を見ると、ひゅーひゅーという音が聞こえてきた。
「有岬、発作止めは」
鞄を細い指が指さす。
ふるふると震える手の先にある鞄を取り出し、すぐに発作止めの吸引器を見つけ出した。
蓋を開き、有岬の口元に運ぶ。
唇が発作止めを咥えるのを見て、井上は有岬の手を取った。
「大丈夫。ゆっくりでいいからな…」
吸引が終わった有岬は、はっはと荒い息を押さえるように深く息を吸う。
井上は有岬を抱きしめて、小さな背中を擦った。
「どうした? …心因性でもあるんだろう?」
“ううん、天気が変わって”
「ああ、急に寒くなったからな」
消えてしまいそうなほど小さな体を包んだ。
背中をさすり、大丈夫…と呟く。
「今日は、ゆっくり休みな」
そっと有岬の体から離れ、井上は廊下の方を見た。
磨りガラスから見える後姿に、迎え来たみたいだな、と囁く。
有岬をゆっくりと立たせ、背中を支えて廊下へ向かう。
「沖田、有岬が発作を…」
「ああ…やっぱり。急に寒くなったから。…うさ、大丈夫か?」
こくりと頷いた有岬の頬を撫でる。
顔色は悪いが、大丈夫そうだ、と周は微笑む。
井上に、礼を告げて、周は有岬の背中に手を添えた。
「じゃあ、有岬…、ゆっくり休みな」
“先生、ありがとって言って、周”
「ああ。…ありがとうだって。…じゃあ」
井上がひらひらと手を振るのを見て、有岬は小さく笑った。
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