痛み

周が有岬のブレザーのポケットから携帯を取り出すと、有岬はそれを受け取り微笑んだ。
かちかちと片手で打ち、周に見せる。


“心配しないで”

その文字の優しさに、周は溜息をつく。
眉間にしわが寄るのがわかって、周はもう一度溜息をついた。


「…生島だろ?」

周の言葉に、有岬がむっとする。
それからカチカチとすごい勢いで打ち込んで周に見せた。
打ち間違えをしている。
よほど急いだのだろう。
周はその文字を見て、思わず肩の力を抜いてしまった。


“生島くんじゃなうよ”

「じゃなうってなんだよ。…馬鹿だな」

“打ち間違えたの! 周のほうが馬鹿だよ!”

「どこがだよ。…お前に嫌がらせするのなんてあいつしかいないだろ?」

“大丈夫だってば”

「井上関係だよ。キーホルダー見てただろ」

周、気にしすぎだよ…。
有岬が疲れたように周の手を握る。
そっとその手の上から手を重ねると、有岬の温かい体温を感じた。


「寝な。…うさ、つかれただろ?」

こくりと頷いてベッドに横たわった有岬の頭を撫でる。
さらさらとした黒髪が揺れた。





「…やっぱりな」

“机、取りに行くのついてきて”

「あぁ。隣の空き教室のでいいだろ」

ふたりで空き教室に入る。
きゅっと握りしめられたこぶしを見て、周は唇を噛みしめた。
そっと力の入った手を撫でる。


「大丈夫か」

“うん”

周が机を持ち上げる。
いいよ、と有岬が手を伸ばすが、周が先に教室へ出る。
椅子も机の上にあるため、有岬が運ぶものはもうない。
仕方なく周の後を歩いていると、前から井上が歩いてきた。


「お、有岬、沖田。おはよう」

「おはようございます」

ぺこ、とお辞儀をした有岬の頭を井上が撫でる。
有岬がぱっと顔を上げると、井上が微笑んでいた。


「有岬…? どうした、なんか…」

「先生、ホームルーム始まるんで」

「あ、そうだな。頑張れよ、授業」

こくりと頷いた有岬を後に井上は手を振った。
教室に入っていくふたりの後姿を見て、井上は首をかしげる。
違和感のある有岬と周を思い浮かべ、井上は準備室へ向かった。
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