傷痕

とうとう初夏に入りかかり、暑さが際立ってきた。
少しだけ涼しい朝に、有岬は1時間目の準備を始めている。
1時間目の授業は有岬の好きな現代文だ。


「うさ、準備できた?」

教科書を取り、頷こうとした時、鋭い痛みが手のひらを走った。
声を出せない有岬は、後ろに後ずさる。
椅子が大きな音を立てて倒れた。


「うさ?」

ぽたぽたと、教科書の上に赤い跡が零れた。
それを目にした周はすぐさま有岬に駆け寄る。


「大丈夫か!? 血が…」

手を取って見ると、傷口が大きく開いている。
痛みに有岬が指先をぴくぴくと動かした。
教科書を取り、振ってみるとカシャンと小さな音を立てる。
床に落ちているのは血がついたカッターの刃だった。


「うさ…」

血を見て貧血を起こしたのか、有岬の体が倒れ始めた。
とさ、と倒れかかってきた有岬を抱きしめる。
ぽたぽたと血が流れ落ちるのを見て、周は有岬にハンカチを握らせた。


「医務室行こうな」

そっと有岬を抱えあげ、周は医務室へ向う。




「どうしたの!?」

蒼い顔をした有岬を抱えた周は、医務室に入るなり有岬をベッドへ寝かした。
校医にそっと手を見せ、処置するように頼む。
周はベッドに腰を掛け、有岬の頭を撫でた。


「うさ、大丈夫だよ」

校医がハンカチを外し、手当を始める。
鋭い傷痕に校医は顔をしかめ、有岬に問いかけた。


「うさちゃんが怪我するなんて、珍しいね」

そっと有岬の様子を見ると、有岬はふるふると首を横に振っている。
有岬の思いにこたえようと、周は口を開いた。


「カッター使おうとして落としちゃったんです」

「痛そう…っ、うさちゃんもうっかりしてるからね」

「はは、だって、うさ」

有岬が力なく笑う。
その笑みに周はそっと額に口付けた。


「大丈夫、俺が守るから」

誰にも聞こえないように、呟く。
周の優しさは誰にも伝わらない。


「手当て終わったよ」

「ありがとうございました。…すみません、1時間休んでいいですか?」

「構わないよ。少しここ開けたいから、頼んでもかまわない?」

「大丈夫です」

頼むよ、と校医に頼まれ、周は頷いた。
医務室の扉が閉まるのを感じる。

有岬のさらさらの髪を撫でる。
少し汗ばんでいて、周は有岬の髪を額からよけた。


「大丈夫か?」

ひとつ頷きが帰ってきて、周は微笑む。
有岬がそっと腕を伸ばし、周の手を掴んだ。
左手でよかった。
そう指先で周の手の甲に書く。
続けて、ボード、今ある、と尋ねた。
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