嫌悪感
諦めきれない厄介な恋心を抱えた光は準備室にいた。
困ったように元気か、と聞いてくる井上に、光はちくりと胸を痛めながらも元気だよと答える。
「好きでいてもいいでしょ」
困らせることは分かってる。
もっと困らせて、わかってほしい。
自分の気持ちを。
光がそんなことを思いながら、準備室のソファーに腰を降ろしていると、他の生徒が入ってきた。
楽しそうに会話を交わしている生徒たちを見て、光は小さく舌打ちした。
「先生さ、最近図書室に行ってるんでしょ?」
「俺だって本ぐらい読むさ」
「へえー。どんな本読むの?」
「色々。ミステリーから伝記ものまでなんでもな」
「嘘だー。松坂先生が言ってたよ。井上先生は読書嫌いだって」
「松坂先生そんなこと言ってたのか?」
楽しそうに笑っている井上を眺め、光は図書室のどんよりとした雰囲気を思い出した。
光の嫌いなところのひとつだ。
重くて陰気臭い場所。
「俺も図書室行こうかな」
「光は本読まないだろー?」
「俺も先生と同じで、本ぐらい読むんだよ」
「嘘はいけないぞ」
からからと笑いながら、井上は机の隅に置かれた本を撫でた。
昨日会えなかった有岬は、兄と何を話していたのだろう。
生徒たちと話しながらもそればかり気になる。
重症だな、と、自分を嘲笑いながらも、井上は生徒たちと会話を続けた。
「先生、図書室で何してるか知ってる?」
「あー、知ってる知ってる。最近噂になってるじゃん」
準備室を出て、友人が話している話が耳にはいる。
興味がわき、友人の手をつかみ歩みを止めた。
「いたっ、光力強いんだから、加減しろよ」
「先生、何してるの」
急な問いかけに、友人は光の様子に顔を見合わせた。
「光知らねえのかよ。最近、先生のファンの間で出回ってる噂だよ」
「井上先生、最近図書室で桃千有岬と会ってるらしいよ」
「桃千…と?」
不意に、この間の井上の様子を思い出す。
優しい顔をして、窓の外を眺めていた。
その視線の先には、光の大嫌いな級友。
ぴったりとはまったピースに、光は思わず笑い声を洩らした。
「…そう言うことね」
「光、桃千のこと嫌いだろ?」
「あー、今まで言わなかったけど、俺も桃千嫌いー。喋れないんだか知らないけどさー、沖田君の隣にいてー」
「お前、井上先生が好きなんじゃないのか?」
「えー? 俺、沖田君も結構好きだからさ」
けらけらと笑いながら、別の会話に変わっていく友人の話を聞く。
それでも、光の頭の中は、図書室のことでいっぱいだった。
「明日、俺見てくる」
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