恋心

「井上先生って、好きな人いる?」

久し振りにそういった恋愛面の質問をされた。
初めの頃はその質問をよくされたが、久しぶりだな、と井上はため息をつく。
いないよ、と答えながら、パソコンを起動すると、生徒のひとりが笑う。
良かったね、光。
そう笑いかけられた生徒は、準備室の常連のひとりだ。


「もう結婚しててもよさそうなのにね」

井上が苦笑すると、周りの生徒も大きく笑う。
最近の男子生徒は恋愛の話もするのか。
年寄りめいた考えが浮かんできて、井上はもう一度苦笑した。
そういえば、有岬も恋愛小説が好きだったな。
不意に小さな手を思い出し、井上は机の隅にある図書室から借りた本を撫でた。


「まぁ、俺もそのうち結婚するかもな」

「そんなのやだなぁー」

「だよな。井上先生、人気あるから結構女子とか悲しむぜ」

「はは。嬉しいのかわからねえな」

桜も散り去り、暖かさに恵まれ始めている。
窓の外に向けると、生徒がふたり歩いていた。
有岬と周だ。
漆黒の髪がふわふわと揺れている。




光は井上の行動を眺めていた。
苦笑し、本をそっと撫で、窓の外に視線を向ける。
不意に立ち上がった井上は、窓枠に手をつき、外を見ていた。
何見てるんだろう。
光は立ち上がり、井上の隣に行く。
井上の視線の先には、光の同級生が居た。


「あ、桃千君と沖田君だ。どこ行くのー?」


振り返った有岬と周は光の存在を確認するとふたりで何か話し始めた。
手を振った光に周は怪訝そうな顔をするが、有岬は控えめに手を振り返す。
不意に有岬は光の隣に井上がいることに気づいた。
それから周の腕をたたき、嬉しそうに微笑む。
何事か会話してから、ふたりは井上に小さく笑いかけた。
最も、周はどこか嫌そうな顔をしていたが。
井上は、そんなふたりに軽く笑い返した。


「先生っ、昨日クッキー作ってみたんだよ。食べよ」



急に手を引かれ、井上は準備室の奥に引かれていった。
後ろ手に閉められた窓に有岬は顔色を変える。
ちくりと胸が痛み、周の手を握る。


「うさ、大丈夫?」

“平気…。先生、元気な子が好きなのかな。僕…”

泣き出してしまいそうな有岬は準備室を見る。
締めきれてなかった準備室の窓から、楽しげな声が聞こえてきた。


“そもそも、先生と生徒って、はじめから、結ばれないよね”

「うさ…」

“君恋も、おんなじ。先生とは結ばれないの”

小さく震え始めた有岬をそっと抱きしめる。
周の大切な友人は弱くて脆い。
早く捕まえてやれ、と、心の中で井上を叱咤する。


「小説と、現実は違う。大丈夫だよ、うさ」

周は有岬にゴミ捨て、行こうと告げた。
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