初恋
放課後の図書室。
すでに薄暗くなった窓を見て、井上は居眠りをしている有岬の頭を撫でた。
さらさらの漆黒の髪が井上の指の間をすり抜ける。
視線をずらし、カウンターの後ろの廊下が見える磨りガラスを見た。
磨りガラスの一部が黒くなって来て、有岬の頭を撫でて耳元で囁く。
「有岬、迎えがきてるぞ」
眠たそうに動き、体を起こした有岬はこてん、と首を傾ける。
井上はそんな有岬の頬を撫で、声をかけた。
「沖田が来てる」
ボードを取り出した有岬はさらさらと文字を書き、井上に見せる。
“また、明日”
ボートを掲げて微笑む有岬に笑い返す。
有岬の字はいつ見ても綺麗だ。
「また、明日」
去っていく有岬の背中にそっと手を振った。
「先生、おもちゃ箱いったの?」
「ん? 若い子はそう言うのな」
「先生ってばオヤジ臭いーっ。…ってそんなことじゃなくてね。おもちゃ箱行ったの? 彼女?」
「んー? 友達とだよ」
他クラスの女子が井上に聞くのを、生島光は耳を立て聞いていた。
入学式に一目ぼれをして、毎日昼休みは化学準備室に通っている。
井上は、光の初恋の相手だ。
元が男子校であったため、女子が少ないこともあり、この学校では同性同士の恋愛も多い。
光もその中のひとりに入る。
少し眠そうな顔で笑う井上の携帯を眺める。
光と同じ機種の携帯には、光が毛嫌いしている遊園地のキーホルダーがついていた。
「光ー、何見てるん?」
「んー? 先生のキーホルダー」
「へえー。あれってさー」
友人も井上先生のことを好きなのが多い。
光はため息をつきながら、友人の会話を聞いた。
「あ、あの噂?」
「噂? 何それ」
「噂って言うより、ジンクスに近いよな」
「へぇ、何? 出し惜しみしないでよ」
「光、ジンクスとか気になるんだ」
友人が面白そうにぺちゃくちゃと喋る。
早く言ってよ、そう急かしているうちに次の授業のチャイムが鳴った。
「ほら、お前らも教室戻れ」
井上に促され、光は友人達と自分のクラスへ向かう。
次の授業は体育だ。
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